1/fゆらぎの声


怪しい実験の話

 10年以上前のことだが、例によってA氏がB氏のところへやって来て、「昨日テレビで面白い実験をやっていた」と、やや興奮気味に語った。

A「いやあ、ちょっと感心したねえ。人間には何千人かに一人、『1/fゆらぎの声』ってのを持つ人がいるんだそうだ。人間に気持ちよく聞こえるので、スーパースター・クラスの歌手に多いとか」

B「ふうん?それは声の倍音が周波数に反比例するといったことか?」

A「いや、それはよく分からないがね。人をリラックスさせて、癒しの効果があると言ってたな。とにかくそれで実験していたんだ。地方局の女性アナウンサーがその声を持ってるというんで、幼稚園の子供にその声を聴かせるのさ」

B「ほう。脳波かなんか調べた?」

A「ほら、幼稚園は昼食の後にお昼寝の時間があるだろう?そこで二つの幼稚園で、時間をぴったり合わせてお昼寝の時間にする。一方の幼稚園では、このとき『1/fゆらぎの声』のアナウンサーに『羊が一匹、羊が2匹・・・』を読み上げて聴かせる。もう一つの幼稚園では何も聴かせない。すると、『1/fゆらぎの声』を聴いた子供たちは、5分と経たないうちにみんな寝静まってしまう。ところが何も聴いていない子供たちは、同じ時刻にまだ枕投げなどをやってドタバタしている。どうだ、驚いただろう」

B「へえ・・・、でもそれは実験とは言えないね。少なくとも対照実験を行うべきだ」

A「いや、対照群はあるんだよ。説明が悪かったかな?いいかい、2つの幼稚園で、一方の子供たちには『1/fゆらぎの声』を聴かせてだね、もう一方には何も聴かせない・・・」

B「それで、普通の声の人はどこへ行ったんだい?」

A「普通の声の人だって?そんなもの聴かせても何も・・・。それとも、君は普通の声を聴いても子供たちは同じように眠るって言いたいのか?」

B「僕は何も主張する気はないさ。幼児の心理なんて分からないもの。ただ論理形式として、『1/fゆらぎの声を聴かせること』の否定形は、『何も聴かせないこと』じゃない。それは『普通の声を聴かせること』なんだ。なぜかというと、実験者の仮説は『1/fゆらぎの声』ということであって、『声』一般について主張しているんじゃないからね」

A「でもちゃんとどこかの大学の研究者が実験してたぞ」

B「大体、研究者なんてものは、自分の仮説が立証されたように見える実験ぐらい、いくらでも思いつくさ。それを君みたいに逐一真に受けてたんじゃ、やって行けないね。第一、君はその『1/fゆらぎの声』がどんなものか説明しないで、『リラックスする』だの『癒し』だのって、効果ばかり言ってるじゃないか。それじゃ日本人の科学レベルはどんどん低下するぞ」

A「ひどい言い方だなあ」

B「ひどいかも知れないがね。まあ、大学の研究者が、実は論理学の基本すら分かってないということだけは分かったね」


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