故是以其速須佐之男命。宮可２造作１之地求２出雲國１。爾到＝坐２須賀＜此二字以レ音下效レ此＞地１而詔之。吾來２此地１。我御心須賀須賀斯而。其地作レ宮坐。故其地者於レ今云２須賀１也。茲大神初作１須賀宮１之時。自２其地１雲立騰。爾作２御歌１。其歌曰。夜久毛多都。伊豆毛夜幣賀岐。都麻碁微爾。夜幣賀岐都久流。曾能夜幣賀岐袁。於レ是喚２其足名椎神１。告＝言３汝者任２我宮之首１。且負レ名號２稻田宮主須賀之八耳神１。
訓読：かれここをもて、そのハヤスサノオのミコト、ミヤつくるべきトコロをイズモのクニにまぎたまいき。ここにスガのところにいたりましてノリたまわく、「あれここにきまして、アがミこころスガスガし」とノリたまいて、ソコになもミヤをつくりてマシマシける。カレソコをばイマにスガとぞいう。このオオカミはじめスガのミヤつくらししときに、ソコよりクモたちのぼりき。かれミうたヨミしたまう。そのミうたは、「やくもたつ、いずもやえがき、つまごみに、やえがきつくる、そのやえがきを」。ここにかのアシナヅチのカミをめして、「イマシはアがミヤのオビトたれ」とノリたまい、またナをイナダのみやぬしスガのヤツミミのカミとおおせたまいき。
口語訳：妻と共に住むため、速須佐之男命は宮を作るところを、出雲の地に求めた。須賀の地に到って、「ここに来て、私の心は清々しくなった」と言い、そこに宮を作った。それで、その地を今も「須賀」と言う。この大神が宮を作るとき、その地から雲が立ち昇った。そこで歌を詠んだ。その歌は、「八雲立つ、出雲八重垣、妻籠みに、八重垣作る、その八重垣を」。ここにかの足名椎の神を呼んで、「あなたは私の宮の守護の役をしなさい」と言い、またその名を稲田の宮主、須賀の八耳神と命名した。
＜この須佐之男命の歌は、いろいろな解釈がある。一例としては「八重の雲が立っている。その立つ雲が八重垣を作る。妻を守る八重垣を作ろうとしている私だが、その八重垣を自然に作っている」といった解釈がある。＞
是以（ここをもて）とは、櫛名田比賣を娶ることになったのを言う。宮造りの動機である。○宮可造作之地（ミヤつくるべきトコロを）。【宮の字は、作の字の下にある意味に解すべきである。】宮（みや）は御宅（みや）だ。この宮造りは、もっぱら櫛名田比賣との婚姻（みあい）のために作るのである。書紀には「然後行覓將婚之處（そののち、行きながら婚姻する場所を探した）」とある。そのままこの文に相当するので、意味が分かるだろう。上代には、婚礼に当たって、まずその家を造ったらしい。あの伊邪那岐・伊邪那美の大神の時にも、まず八尋の大殿を見立てたとあった。出雲国風土記には、神門郡八野の郷について「八野若日女命坐之、爾時所＝造２天下１大神大穴持命、將２娶給１爲而、令レ造レ屋給、故云２八野１（ヤヌワカヒメのミコトましき、そのときアメのシタつくらししおおかみオオナモチのミコト、ミアイたまわんとして、ヤをつくらしめたまう、かれヤヌという）」とある。○我御心須賀須賀斯（アがミこころスガスガし）。【これを須々賀々斯と書いた本がある。これはいにしえの書き方である。】書紀には「乃言曰、吾心清淨之（すなわちコトアゲしたまわく、アがこころすがすがし）」と書いてある。この言葉の意味は、「濯（すす）が濯（すす）がしい」ということだ。【「すすぐ」を「すすがしい」と言うのは、「さわぐ」を「さわがしい」、「もどく（真似る、または逆らうなどの意）」を「もどかしい」というのと同じ活用である。○源氏物語などに「すがすが」という言葉が多く出るが、それは物事が滞りなく、速やかに進むことを言うので、ここに出たのとは違うかも知れない。しかし垢がなく清らかなことと、滞りなく進むこととは似た点もあるので、本来は同じ意味だったか。このことは、中巻の明の宮（應神天皇）の段で、「須久須久登（すくすくと）」という言葉について詳しく述べる。】「この地に来たところ、心が洗ったように清潔な気持ちになった」ということである。今の世に「心が澄む」というのと同じである。出雲国風土記に「意宇郡安來郷、神須佐乃烏命、天避立廻坐之、爾時來＝坐２此處１而詔、吾御心者安平成詔、故云２安來１也（オウのこおりヤスキのさとは、カムスサノオのミコト、アメのソキたちめぐりましき。そのときこのトコロにきましてノリたまわく、『アがミこころはヤスクなりぬ』とノリたまいき。かれヤスキという）」とあるのも合わせて考えよ。所は違うが、事の次第は全く同じであることから、古伝の意味合いを知ることができよう。「安くなる」というのも心が落ち着くと言うことで、「心が澄む」というのと同じだ。【つまりこれは、その時感じた心地を言っているので、俗に言う「心持ち」である。全体としての心の善悪を言っているのではない。それを「悪心が消えて、清い心になった」と解釈するのは、あまり当たっていない。漢意に溺れた学者の癖として、ともすれば万事を儒仏の心法に引き寄せて説明しようとするので、ここの言葉を捉えて、「心の祓除である」などと言うのは、こじつけである。同じ風土記に「秋鹿郡多太郷、須佐能乎命御子、衝桙等乎而（与？）留比古命、國巡行坐時、至＝坐２此處１而詔、吾御心照明正眞成、吾者此處静將坐詔而静坐、故云２多太１（アイカのコオリただのさとは、スサノオのミコトのミコ、ツキホコトオヨルヒコのミコト、クニめぐりいでまししとき、ここにイタリましてノリたまわく、「アがミココロあかくタダシクなりぬ。アはここにシズマリまさん」とノリたまいてシズマリます。かれタダという）」とあるのも似たことである。】これ以前に鬚や爪まで抜いて祓ったのに、なお穢れが尽きておらず、その後にも大宜都比賣の神を殺す悪行があった。【もっとも、この神の死体から種々の物が化生して、世の大きな利益となったのは、祓除の功徳で、悪事の中にもう善事が始まっていたのである。】ところが後に大蛇を斬って、無上の霊剣を得て天に奉ったことは、その功績が比類なく、【蛇を殺して民の害を除いたことを功績とするのは当たらない。その程度のことは、この神の威力からすると、大した功績ではない。】ここでそれまでの穢れはすべて尽き果てたため、おのずから心が清々しく感じたのだろう。ところで、「この地に来て」とその土地にかけて言っているのは、その地に深い縁があるからだろう。そのことは凡人の考えでは推測できない。そもそもこの地は櫛名田比賣と婚姻して、その生んだ子孫が天下に大きな功績を残すことになった、その出発点の土地なのだから、そこで心が清々しく感じたのもうなずけることである。○作レ宮坐（みやをつくりてましましける）。この「坐」の字は、上にある「到坐（いたりまし）」とは違い、そこに住んだということだから、「ましましける」と読むべきである。【上の「まし」は「住む」で、下の「まし」は尊敬の語である。最後に「ける」を添えるのは、語の勢いだ。というのは、「けり」でなく「ける」と読むのは、上で「其地」を「そこになも」と読んだ「なも」の結びだからである。すべて文章というものには、このように上下相整った係り結びという語法があるのだが、それが後世になるとみな乱れて、辞のつながりということが分からなくなってしまった。最近も文章の上手と誇る人があるが、やはりこうしたことを知らない。】ただしこの神は、いずれ根の国に行くことになっていたので、【書紀には「遂就２於根國１矣（ついにネのクニにいでましぬ）」とある。この記では、ここでは言い漏らしているが、後には根之堅洲國（ネのカタスくに）に住んでいたことが出ている。】現世に長く留まっていることはできなかったはずで、「坐（まします）」とは、御霊（みたま）が留まって、熊野神宮に鎮座したことを、後から言う言葉だろう。【このことは、さらに次に言う。】○於レ今云２須賀１也（イマにスガとぞいう）。この地は、出雲国風土記を詳しく見ると、大原郡の條に「須賀（我？）山は、郡家の東北十九里百八十歩にある」、「須我小川（すがのおがわ）は、源を須我山に発する」とあり、【他に同郡の「御室山（みむろやま）は、郡家の東北十九里百八十歩にある。神須佐乃乎命（カムスサノオのミコト）がここに御室を造らせて宿った。そのため御室山と言う。」ともある。これは須賀の宮とは別に造ったのだろうか。あるいは須我山も御室山もともに「郡家の東北十九里百八十歩にある」と言い、互いに近いところなので、須賀の宮のことをこう伝えたのか。他に、同郡には須我の社も見える。】また意宇郡の記事には、「野代川は、郡家の正南十八里にある須我山に源を発する」とあるが、この須我山も上記の大原郡の山と同じである。【須我山は大原郡と意宇郡の二郡にあたり、その境にある。】ところが、同郡には「熊野山は郡家の正南十八里にあり、いわゆる熊野大神之社がある」とも見える。この須我山と熊野山は相並んでいるので、【ともに郡家の正南十八里となっているからである。】熊野の神宮が、つまりこの須賀の宮だろう。そこで考えると、「くまぬ」は隠野（こもりぬ）の意味であり、【「くま」と「こもり」と相通うことは、伝三の卅六葉に述べた通りだ。】歌に出る「都麻碁微（つまごみ）」の山なのだろう。【ある説に、須賀の宮地は出雲国出雲郷であって、延喜式に「出雲の神社」とあるのがそうだという。「伊豆毛夜幣賀岐（いずもやえがき）」などとあることからは、確かにその説ももっともだと思う。しかし風土記の山、川、社の名などに「須我」があり、御室山の伝説および熊野神社など、あれこれ考え合わせると、やはり上述の説がよいと思われる、ただし杵築大社のあたりにその址という所や、八雲山などがあるのは、後世の造りごとである。】この神宮は、延喜式に「出雲国意宇郡の熊野坐神社【名神大】とある神社だ。【風土記には「熊野大社」とある、文徳実録三に、「仁壽元年九月、出雲国の熊野・杵築両大神に従三位を授けた」とあり、三代実録に「貞観元年正月、正三位を授く、五月従二位、さらに九年四月正二位を授けた」という。】この社の主祭神が須佐之男命であることは、出雲国造の神賀詞の「出雲國乃青垣山内爾、下津石根爾宮柱太敷立弖（正字は氏の下に一）、高天原爾千木高知坐須、伊射那伎乃日眞名子、加夫呂伎熊野大神櫛御氣野命（いずものくにのアオガキヤマのうちに、シモツイワネにミヤバシラふとしきたてて、タカマノハラにチギタカシリます、イザナギのヒマナゴ、かぶろぎクマヌのオオカミくしみけぬのミコト）」といい、風土記にも「伊弉奈枳乃麻奈子坐熊野加武呂乃命（イザナギのマナゴにますクマヌかむろのミコト）」とある。【伊邪那岐の命の御子は数多いが、中でも天照大御神、月読命、須佐之男命の三柱が特別に愛した子であることは、上述の通りである。日は日子、日女などの日と同じ。「加夫呂伎（かぶろぎ）」とは、大名持命の祖である由縁から出雲國で床にそう呼んでいる。櫛御氣野命は別の神だと思う人もあるだろうが、そうではない。これは熊野大社に鎮座する須佐之男命の御霊を讃えて特別にそう名付けたのだ。そういう例は他にもあり、出雲国の神賀詞には大穴持の神を「倭の大物主櫛ミカ（瓦＋長）玉命（おおものぬしクシミカタマのミコト）と名を称えて」とあるが、この名も他には見えない。延喜式には熊野と同郡に久志美氣濃（くしみけぬ）神社というのも別にあるのは、熊野の神をまた別に祀ったのだろう。旧事紀にこの須佐之男命を「熊野の杵築大社にいる」と書いているのは、例によって妄説だ。また師（賀茂真淵）の祝詞考で熊野神社を「天穂日命の御子、健三熊（たけみくま）の命だ」としたのは、熊という字に引かれてのことだろうが、誤っている。そう考えてはつじつまの合わないところが多い。「伊射那伎乃日眞名子」と言い、出雲国の神賀詞だけでなく、文徳実録や三代実録などでも、熊野は先、杵築は後に挙げ、神階も杵築の方が一等劣っている。熊野を「健三熊命」としたのでは、これらの事実に合わないだろう。須佐之男命であることは疑いない。】○茲大神（このオオカミ）。ここで初めて「大神」と呼んでいる。【以下はすべて同じ。】伊邪那岐命も、黄泉の段の後では「大神」と呼ぶ。いずれも理由があってのことだろう。ところでここでは、熊野に鎮座することを指して言っている。【そうでないなら、改めて「この大神」などとは言わないだろう。】「今須賀というところに」と言って、「その須賀の宮に鎮座するこの大神」と言う意味は、自ずから明らかである。【須賀と熊野は、本来同位置であったが、やや後になって、その須賀という地名は近くの山や川にのみ残り、熊野と言う名は神宮に残って、ついには別の地名のようになったのだ。熊野久須毘（くまぬくすび）命という名も、この地名から出たのだろう。それはこの神が、この地に住んだからだろう。】○初作は「つくりはじめたまう」と読んでもいいが、この大神がこの宮に鎮座したことは後で述べ、ここではその発端に立ち返って言っているのだから、初の字は別にして「はじめ」と読む。○雲立騰（くもたちのぼりき）。これはこの地に宮を作って婚姻したことが、良い結果を生んだことの徴だろうか。ここにはどんな雲だったという記述がなく、【古今集序の小注に「八色の雲」とあるのは、歌の言葉から想像しただけの妄言である。】単なる普通の雲で、特別な意味なく立ったのであってもいい。このことは書紀にはない。また歌も、書紀では「ある説に曰く」として載せられているのみである。○作御歌は「みうたよみしたまう」と読む。書紀の神武の巻に、「爲２御謡１之、謡此云２宇多預瀰１（御謡したまう。謡の字は『うたよみ』と読む。）」とある。枕草子にも「うたよみしておこせたる」とある。今の世でも、女子供の言葉でそう言う。この「うた」という言葉、「よむ」という語については、私が別に論じた説がある。しかし長いので、ここでは省略する。○其歌曰は「そのミうたは」と読む。【「曰」の字は漢文の文法で書いてあるので、読んではいけない。＜「その歌にいわく」とは読まない＞同じようなところはすべてそうだ。】○夜久毛多都は「彌雲起」で、雲の立ち昇る様子を見たままに言葉にしたのである。「や」は「彌（いや）」で、幾重にも立ち重なる意味である。○伊豆毛夜幣賀岐（いずもやえがき）。「伊豆毛」は出雲（いでくも）で、「でく」を縮めて「づ」となった語である。【これは国名ではない。単に雲が出たことを言う。】「夜幣賀岐」は彌重垣（いやえがき）で、幾重もあるのを言う。ただしここでは、実際の垣を言うのでなく、八重の雲が立ったのを垣に見立てて言ったのである。雲や霧は、向こう側とこちら側を隔てている点で、垣に似ている。【上の「夜久毛」の「夜」を受けてこの「夜幣賀岐」の「夜」を見るべきである。○契沖はこれを「宮の垣が速やかにできたことを、雲の立つことにたとえた」と言い、師も「須賀の宮を作ったことを言う」と言ったが、よく考えるとそうではない。単に雲のことを詠んだのである。また師は「出雲はもとより国名で、『八雲立つ』はその冠辞だ。というのは『八雲立ち出ず』と直接次の語に続けないで、『八雲立つ』と一旦切れているのは、枕詞などの使い方だからだ」と言ったのも、なるほどと思われるが、実はそうではない。「立ち出ず」でなく「立つ」と言い切ったのは、雲の立つのを見て、ああ、八雲の立つことよ、と言い出し、それからその八重の雲が垣のようだと言っているのだ。】この歌の由縁で、国名が「出雲」となったのである。【だから「八雲立つ」がその枕詞ともなった。】出雲国風土記に「国名の由縁は、八束臣津野（やつかおみずぬ）命が『八雲立つ』と言ったので『八雲立つ出雲』という」とあり、また「八束臣津野命は『八雲立つ出雲の国は』と言った、云々」ともあるが、臣津野命はここの（須佐之男命）の歌によって、後に言ったのである。「須佐之男命が『八雲立つ出雲』と言ったその出雲の国は」という意味である。【よくよく文の意味を考えて理解すべきだ。】だが臣津野命のこの言葉によって、ついには国名となったのだ。【臣津野命は須佐之男命の四世の孫で、次に出る。ところで、諸国の国名を見ると、郷名が郡名となり、郡名を国名にした例が多い。この国も出雲郡出雲郷があり、初めはこの郷名から出た国名だろう。それは、上記の臣津野命が『八雲立つ出雲の国は』と言ったのは広く出雲国全体を指して言っているが、それが出雲郡出雲郷辺りのことであったから、まずその地の名となり、後に国全体の名になったのだ。上記の文は意宇郡の條にあり、臣津野命が出雲国を作ったとき、まず出雲郡付近から作り始めて、意宇郡で作り終えたらしいが、その『八雲立つ出雲の国は』と歌ったのは作り始めようとしたときのことであるから、その場所は出雲郡に違いない。とは言え、この国名の元となった須佐之男命が詠んだ歌は、須賀の宮のところで、出雲郡出雲郷ははるか遠くの別の場所にあるから、私も初めはたいへん疑わしく思っていたが、よく子細に考えれば、上記のような経緯であることは、疑いなく明らかである。】＜訳者註：「出雲の大神の悲劇」で述べているように、『出雲郷』は現地では『あだかえ』と読んでおり、出雲の国名の起こりとするには疑問がある。なお『あだかえ』は里の名を変えたという意味があるとも言い、その前には『ざいご』と呼んだそうである＞○都麻碁微爾（つまごみに）は「夫婦（つま）隠みに」で、夫婦で籠り住むための場所としてという意味だ。一般に「つま」という言葉は、夫から妻を呼ぶ語でもあれば、妻から夫を呼ぶ語でもあり、夫婦の間を互いに言うので【俗に「つれあい」と言うのに当たる。】ここは夫婦双方を言っている。この「微（み）」の字は、書紀では「昧（め）」とある。それは少し意味が違っている。【「ごみ」は「ごもり」が縮まった形で、「ごめ」は「ごもらせ」の縮まった語であるから、「ごめ」の場合は夫婦を隠らせる場所となる。○この句を「妻と共に」という意味に見て、稲田比賣と一緒に宮を作った、とする解釈は不適当である。】この夫婦で隠るというのは、前に出た「久美度」の解釈【伝四の三十三葉】で述べた通りである。○夜幣賀岐都久流（やえがきつくる）は「彌重垣造る」であり、これも現実の垣を作る意味ではない。八重雲が垣を成しているということだ。○曾能夜幣賀岐袁（そのやえがきを）。「曾能」は「其の」である。「つまごみの八重垣」ということである。このように二度上の言葉を繰り返して歌うのは、古歌によく見られる。中古からはこうした歌い方がなくなっていたのだが、かえって今の世の俗謡などに多い。これは歌謡の自然の勢いで、同じ語を繰り返すことで言葉の情が深く伝わるのだろう。最後の「袁（を）」は単なる助辞で、「～よ」と言うような感じである。【こういう使い方は多い。後で述べる。】「を作る」と上に返して言っているようにも受け取れるけれども、いにしえの意はそういうものではなかった。ここでこの歌全体の意味をまとめると、「今、私が須賀の宮を造ろうとするそのときに、八重雲の立つことだ。その雲が八重垣を作っている、私が夫婦籠もり住むために、雲も八重垣を作っていることよ」と詠んだのである。【すべて雲に関してのみ詠んだ歌である。これを「妻を籠めるために、私は宮を作ろう」という意味を含めて考えるのは誤りである。またこの歌に、なおも「おろち」のことを考え、八重垣を作るのを、蛇を警戒する意味などと言うのは、全く無意味な解釈である。】○於是喚（ここにめして）云々。この「喚」を「めして」と読み、以下の文にある「任」を「たれ」と読む。その理由は次に言う。○首は【「つかさ」と読むのも間違いではないが、やはり】「おびと」と読むべきである。姓に「何々の首」とあるのもそう読む。弘仁私記にも「忌部の首（おびとと読む）」とある。書紀に「三輪の君子首（こびと）」、「忌部の首子首（こびと）」などとある名を「子人」とも書くのは、「子」の字に「お」の音があるので、自然に「こびと」と言うからである。続日本紀の元明紀にある「大津の連・意毘登（おびと）」と言う名も、元正紀・聖武紀では「首」と書いてある。【それなのにこれを「意宇登（おうと）」と読む人があるが、それは旅人を「たびうど」、商人（あきびと）を「あきうど」、蔵人を「くらうど」などという後世の音便であって、正しくない。古い書物を読むときには、こうした音便を使ってはいけない。さらにその「宇」を「布」とかくのも間違いである。これは「ひ」の通音で「ふ」と言うものではない。こうした音便の場合は必ず「宇（う）」である。】これは本来尊称で、「大人（おびと）」の意味だろう。【書紀で「宇志（うし）」を「大人」と書いたのは、漢文として読むと「宇志」では意味が通じないため、「大人」と意味が同じだから、文字を移して（翻訳して）書いたものだろう。】これが尊称だというのは、書紀の允恭の巻（二年）に「首也余不レ忘矣（オビトや、あれワスレジ）」、この「首」は相手を指して言っている。「首長（おさ）」の意味での用例は、景行の巻（四十年）に「村之無レ長（フレにオサなく）、邑之勿レ首（サトにオビトなし）」、顕宗の巻（即位前紀）に「縮見屯倉首（シジミつミヤケのおびと）」、孝徳の巻（大化二年三月）に「村首（ムラのオビト）【首長也（オビトはオサなり）】」などがある。この首は、後世の宮【三后宮、春宮など】の長官のようなものであった。○任を「たれ」と読むべき理由は、【「たり」と言うのには二種類ある。「とあり」と「てあり」の縮まった形である。ここではその「とあり」の縮まった「たり」を、命ずる言葉なので「たれ」と読む。「たれ」はつまり「とあれ」である。】この字は「～の官職を拝す」の「拝」と同じように、「よさす」、「まけたまう」、「めす」の三つの読み方があるが、「よさす」はここの読みに合わない。また「まけたまう」と読むのもよくない。【「まけ」は都から地方の官に「罷らせる」意味で、「まからせ」を縮めて「まけ」と言うのである。万葉にこの言葉が多い。みな地方の官に任ぜられて行くことを言っている。気を付けて見るべきである。史記の南越伝に「天子罷レ参也（てんしサンをまく）」とある。この訓で「まけ」は「まからせ」であることを理解すべきである。それなのに都の官に任ぜられることをも「まけ」と読むのは、みだりごとである。】「めす」と読むのが、ここでは正しい。「めす」はその人を召し寄せて官職を授ける意味であって「司召（つかさめし）」というのがそうである。【顕宗紀に「山の官（つかさ）に拝（め）し」、推古紀に「僧正・僧都を任（め）す」、天武紀に「高市の大寺を造る司（つかさ）に拝（め）す」などの例がある。上代には、その本拠地にいる人を都に召して、それぞれの官職に任命したので、「召す」と言ったのが後代まで残ったのだ。古今集の雑の部の詞書きに「もろこしの判官にめされて云々」とあるのは、異国に使わされるのだから「まけられて」とあるべきところを、「めされて」と言うのは間違っているようだが、その頃はもう「まけられて」という言葉が廃れて、何でもかんでも「召されて」と言っていたのだ。「縣召（アガタめし）」というのもこれである。またいわゆる「大臣に任ずる」ということを、後撰集や栄花物語などで「大臣を召し」とあるのは、いにしえの意図をよく伝えているものだろう。】とすれば、同じ「任」の字でも、皇国の言葉は中国とは違っているだろう。ここでは、上に「喚（め）して」とあるのがこの意味に相当するので、この「任」の字は「たれ」と読むべきではないだろうか。書紀に「すなわちクミドに起こして大己貴神を生んだ。そこで御子の宮を守る首（おびと）を、脚摩乳・手摩乳とすると言った」とあるのは、伝えが異なっている。○「負２名號１云々（ナを～とおおせたまいき）」は、須佐之男命がこの名を与えたのである。○稻田宮主須賀之八耳神。稲田は、須賀の地の旧名だろう。だから稲田の宮とも言うのだろう。とすれば稲田比賣という名は、ここに宮を造って婚姻して後の名だろうが、父が初めにそう名乗っているのは、後になって付けた名を初めからそうであったように語っているのである。「主」は「首」と同じ意味である。「須賀」は、ここでは既に地名になっている。というのは、先に「我御心須賀須賀斯（アがミこころスガスガし）」と言ったというだけでは、この神の名にするまでのことはないからだ。書紀の本書には単に「だからその二神の名を稲田の宮の主という」とある。だが一書には、初めから「稲田の宮主、簀狹之八箇耳（スサのヤツみみ）」と書いてある。【これも後に命名した名を初めからあった名のように書いた例だ。この須佐（すさ）という地名は飯石郡にもあるが、これはそれではない。須々賀（すすが）を縮めて須佐と言ったのであって、つまり「須賀」と同じである。先に「須賀須賀斯」は「濯（すす）が濯（すす）がしい」ということだと述べたのを考え合わせよ。また一書には、これを妻の名としている。八耳は【借字】「厳（いか）つみみ」の意だろうか。「いかつ」という名の例が幾つかある。【「いか」は「や」と縮まる。】または「足撫耳（あしなづみみ）」を縮めた名であろうか。【「あしな」は縮めて「や」となる。】「耳」が尊称であることは、前【伝七の五四葉】で詳しく述べた。「足撫耳」の意味であれば、「足名椎」と同じである。【先に「足名椎・手名椎」は、比賣が須佐之男命の妃になったことを讃えて言った名だろうと述べたことを思い合わせよ。また書紀の一書でこれを母の名としているのは、「手撫耳（てなづみみ）」を縮めて「たつみみ」と言ったのを「たつ」と「やつ」とを取り違え、「八箇耳」と伝えたのだろうか。これを「八耳」の文字にとらわれて、口决で「八方を聞く意味の名である」というのは、この神に何の由縁もないでたらめである。聖徳太子を「八耳」と言ったという例を引くのも当たっていない。この太子を「八耳」と称したということは、この記にも書紀にも出ておらず、不確かな話だ。もっとも、仮にそういう名があったとしても、太子は「豊聡耳（とよさとみみ）」と言ったのだから、関連はある。だが足名椎・手名椎には何の関係もない。また一本に大祓の詞として「棹鹿（さおしか）の八（やつ）の耳」という言葉を引いているのも納得できない。そういう言葉は、延喜式には見えない。根拠のない思いつきだし、鹿も神も耳がたくさんあるものではないから、「八の耳」などと呼ぶわけはないだろう。】
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