爾速須佐之男命白２于天照大御�~１。我心清明故。我所レ生子得２手弱女１。因レ此言者。自我勝云而。於２勝佐備１。＜此二字以レ音＞離２天照大御�~之營田之阿１＜此阿字以レ音＞埋２其溝１。亦其於Ｂ聞＝看２大嘗１之殿Ａ屎麻理＜此二字以レ音＞散。故雖２然爲１。天照大御�~者登賀米受而告。如レ屎。醉而吐散登許曾。＜此三字以レ音＞我那勢之命爲レ如レ此。又離２田之阿１埋レ溝者。地矣阿多良斯登許曾。＜自レ阿以下七字以レ音＞我那勢之命爲レ如レ此登＜此一字以レ音＞詔雖レ直。猶其惡態不レ止而轉。天照大御�~坐２忌服屋１而。令レ織２�~御衣１之時。穿２其服屋之頂１。逆＝剥２天斑馬１剥而所２墮入１時。天衣織女見驚而。於レ梭衝２陰上１而死。＜訓２陰上１云２富登１＞故於レ是天照大御�~見畏。閇２天石屋戸１而刺許母理＜此三字以レ音＞坐也。

訓読：ここにハヤスサノオのみこと、アマテラスオオミカミにもうしたまわく、「アがココロあかきゆえに、アがうめりしミコたわやめをえつ。これによりてもうさば、おのずからアレかちぬ」といいて、カチサビに、アマテラスオオミカミのミツクダのアはなち、みぞうめ、またそのオオニエきこしめすトノにくそまりちらしき。かれシカすれども、アマテラスオオミカミはとがめたまわずてノリたまわく、「クソなすは、えいてハキちらすとこそ、アがナセのミコトかくしつらめ。タのアはなちミゾうずむるは、トコロをアタラシとこそ、アガナセのミコトかくしつらめ」と、ノリなおしたまえども、なおそのアシキわざやまずてウタテあり。アマテラスオオミカミいみはたやにマシマシて、カンミソおらしめたまうときに、そのハタヤのむねをうがちて、あめのフチコマをサカハギにはぎておとしいるるときに、あめのミソオリメみおどろきて、ヒにホトつきてみうせき。かれここにアマテラスオオミカミみかしこみて、あめのイワヤドをたててサシコモリましましき。

口語訳：そこで速須佐之男命は天照大御神に「私の心が清かったから、私が生んだ子は優しい手弱女だった。つまり私の勝ちだ。」と言って、勝ち誇った勢いで、天照大御神の作っていた田の畔を切り崩し、溝を埋めてしまった。また大御神が大嘗を召し上がる殿に、糞をしてまき散らした。だが天照大御神はとがめずに、「私の弟が糞をしたのは、酔っぱらって吐き散らしたのでしょう。また田の畔を切り崩し、溝を埋めたのは、その場所が田にできるのにと惜しんだのでしょう」とかばったが、その悪行はやまず、見ていられないほどであった。天照大御神が忌服屋にいて、神御衣を織らせていたとき、その服屋の屋根に穴を開け、逆剥ぎにした天斑馬をそこから落とし入れたところ、天衣織女は驚いて、梭で陰部を突いて死んだ。天照大御神はこの様子を見ておそろしくなり、天石屋戸にこもってしまった。

手弱女。万葉巻十五【三十四丁】（３７５３）に「多和也女（たわやめ）」とある。これによって読む。「わや」は「よわ」と通う。中巻倭建命の歌に「多和夜賀比那（たわやがいな）」とあるのは、「手弱腕」である。万葉巻三【四十五丁】（４１９）に「石戸破手力毛欲得、手弱寸女有者、為便乃不知苦（いわとわるタヂカラもがも、たよわきメにしあれば、スベのしらなく）」と歌っているように、男を「ますらお」と言うのに対して、女は手弱いという意味である。和名抄には「手弱女人は『たおやめ』」とある。書紀や万葉でもそう訓を付けているが、これはやや後に訛ったのだろう。万葉巻六【三十六丁】（９３５）に「弱女（たわやめ）」、同巻十三【二丁】（３２２３）に「手弱女（たわやめ）」があり、これらの読みが良いと思う。○言者は、「もうさば」と読む。今の世の人も、こんな場面ではこう言うことがある。○自（おのずから）は、「すなわち」と言うのに近い。前の文にも「自吾子也（おのずからアがこなり）」、「乃汝子也（すなわちイマシがこなり）」と、同じ意味の語を「すなわち」とも言っている。いずれも「もとより」といった意味である。後の文で「天原自暗（アマノハラおのずからクラク）」、また「自得照明（おのずからテリあかりき）」などとある「自」も同じである。○我勝（あれかちぬ）。書紀に「素戔嗚尊は既に勝った徴を得た」とある。ただし書紀では、男を生んだことで心の清明の証しとしているが、この記では女を得たことをその徴として、「我勝」と言ったのは、伝えの意味が異なる。上述のように、この男女の御子の趣旨は、すべて書紀と異なっている。女子を得たことで心の清明の証しとした理由は、天照大御神は高天の原をしろしめすので、上に立って事を執り行う大丈夫のような存在であり、須佐之男命は放逐されて根の国に行く身なので、手弱女が男に従って下にいるような存在だからである。だから今女子を得たのは、それにかない、天照大御神に服従して、仇を為す心なく、高天の原を奪う意図もないことの証明となったのだ。そのためここで単に女子と言わず、【前の文には女子とある。】手弱女と言ったのも、その意味だろう。【一般に「ますらお」、「たわやめ」とは、ただ何となく男女を言うのではない。みな上述の意味で、強いこと、弱いことを言うときの呼び方である。書紀や万葉を注意して読むべきである。いにしえは、こうした呼び方に乱れはなかった。】○「於２勝佐備１（かちさびに）」。師（賀茂真淵）の説で、「進むことを『すさび』と言い、またそれを縮めて『さび』とも言った。【スサを縮めればサである。】この神が、誓（うけ）いに勝った心の勢いの進むままに、荒ぶる行動をとったのを『勝佐備』と言い、進み荒ぶる意味である」という。【さらに言うと、万葉巻一の「感＝傷２近江旧都１歌」（３３）に「樂浪乃國都美神乃浦佐備而荒有京見者悲毛（さざなみのクニツミカミのうらさびてアレタルみやこミレバかなしも）」、これも国津神の心がすさび、国の乱れを起こして都を荒らしたと詠んでいるのである。この歌についての旧説は誤っている。】なおこの「さび」、「すさび」という言葉と、これから様々に転じて用いることなど、師の万葉考に詳しく述べられている。この須佐之男命という名もこの意味である。【だからある書には「進雄」と書いている。】後世、物事が速く進み、荒っぽいのを「すさぶ」と言うことが多い。○一段の間に天照大御神という名を何度も出しているのは、この段だけでなく、前後にも多い。通常の文であれば、初めの一つをそう書いて、次には「大御神」とだけ書くから、度毎に天照大御神と書くと煩わしいように感じるだろうが、これこそ古文の書き方である。○營田は「みつくだ」と読む。「營２下田１（くぼたをつくる）」、「營２高田１（あげたをつくる）」など、上巻の終わりの方にある。孝徳紀【二十一丁】にも「營レ田（たをつくる）」とある。和名抄には「佃は『つくだ』」とある。この田は、書紀に「天狹田、長田（アメノさだ、ながた）」、「天垣田（かきだ）」、「天安田（やすだ）、天平田（ひらた）、天邑并田（むらあわせだ）」などの名がある。○阿は畔（あぜ）である。和名抄には「畔は田の境である。和名『くろ』、あるいは『あぜ』」とあるが、いにしえは「あ」とだけ言った。【「あぜ」は、もと「畔背」の意である。】躬恒集（凡河内躬恒の歌集）に「このめはるときになるまで苗代のアをだにいまだつくらざりけり」、書紀にも「毀２其畔１、毀此云２浪那豆１（そのアをはなつ、毀、これを『はなつ』と読む）」とある。古語拾遺には、「毀畔は、古語『あはなち』」とある。○埋其溝。書紀に「塡レ渠」、「埋レ溝」（いずれも「みぞうめ」）とある。埋は「うずめ」とも読めるが、古語拾遺に｛みぞうめ｝とあるのによる。【「其」の字は読まない。】和名抄に「釈名に曰く、『田の間の水を溝という』、和名『みぞ』、渠も同じ」と言い、また「ケン（田＋犬）は田の中の渠、和名『たみぞ』」ともある。畔を放つ（崩す）のは、田に蓄えた水を枯らし、水が多ければ溢れさせようという意図からしたのである。【田の境界を乱そうとしたというのは誤りだ。書紀では、ここの乱行を春と秋に分けて書いているが、これは春のこととしてあるのも、水のことだからである。また須佐之男命の田が悪かったことを、川依田（かわよりだ）、口鋭田（くちとだ）と書いてあるが、これも水利が悪いことを言う名である。】溝を埋めたのは、水を引くのを妨害するためである。この他、須佐之男命の悪行として、さらに重播種子（しきまき＜訳者註：一度種子を蒔いた上にさらに蒔くことで、生長を阻害する＞）、廃渠槽（ひはがち＜訳者註：用水のための木製の土管を破る＞）、挿籤（くしざし＜訳者註：おそらく田の境界を偽るための杭を打つこと＞）、伏馬（ふせうま＜訳者註：馬を田に放って踏み荒らさせる＞）などが書紀および古語拾遺にある。ここでは省略して伝えたのだろう。【中巻の神功の段、国の大祓えのところにも、「阿離（あはなち）」、「溝埋め」の二つだけが挙げられている。】○大嘗。書紀には新嘗とある。同じことである。続日本紀廿六【二十五丁】には大新嘗ともある。いずれも「おおにえ」と読む。【書紀廿九（天武天皇）の四丁に「大嘗（おおにえ）」、十一丁に「新嘗（おおにえ）」とある。これらの読みは良い。古今集廿巻に、それぞれの御代のおおんべ（御べ）の歌（１０８２−１０８６）があるが、「おおんべ」は大嘗で、「にえ（旧仮名：にへ）」を音便で「むべ」と言ったのである。一つの言葉の中程に含まれる「に」は「む（ん）」になることが多い。「ん」に引かれて「べ」と濁音になるのも音便である。】「にえ」は「新饗（にいあえ）」を縮めた【「にい」を縮めれば「に」である。「あ」は省かれることが多い。】であって、新稲（にいしね）で饗（あ）えすることを言う。それは万葉巻十四、下総国の歌（３３８６）に「爾保杼里能、可豆思加和世乎、爾倍須登毛、曽能可奈之伎乎、刀爾多弖米也母（におどりの、かずしかわせを、にえすとも、そのかなしきを、とにたてめやも）」【顯昭の袖中抄十六に、「可豆思加和世とは、下総国に葛飾というところがある。そこの早稲を言う。爾倍須登母とは、田舎で初めて早稲を苅って精米し、近隣の者が集まって食べるのを爾倍須と言う云々」とある。歌の意味は、その爾倍（にえ）をするときは重く齋（いわ）い慎しみ、門を閉ざして、他の者を決して入れない。けれども愛しく思う人が来たら、門の外に立たせてはおけない、内へ入れたいと、思いの深いことを詠んだのである。書紀に「齋庭之穂（ゆにわのほ）」とあるのも、新嘗は重く齋（いわ）い慎しむからである。家持歌集に、「我宿の早田かりあげて爾倍すとも、君が使をただにはやらじ」とあるのは、上記の歌を直したものである。】と詠んだように、もとは朝廷だけでなく、下々まですべて行ったことである。また後世の人は、神に捧げて祭ることとばかり思うだろうが、そうではない。神にも奉り、人にも振る舞い、自分も食べるのである。【贄（にえ）、苞苴（にえ）、牲（いけにえ）なども、この新饗から転じた言葉だ。】だからこの大御神の聞食大嘗（きこしめすおおにえ）も、この意味に解するべきである。【これすなわち後世の朝廷の大嘗祭や新嘗祭のことだとするのは、古意ではない。】大という言葉を添えたのは、尊称である。後に朝廷で行われる「にえ」を大嘗と言うのは、そのためだろう。これに「嘗」の字を書くのは、漢国で秋の祭を「嘗」と言うのを借りたのである。【これは、さしあたり朝廷での「にえ」に対して用いた字である。この字の意味にこだわるべきではない。また大嘗・新嘗は十一月＜冬＞に行うものだが、秋＜収穫＞によるものなので、この字を書く。】新嘗とも言う「新」の字は、もとの「新饗（にいあえ）」の意味を取って言うのである。【漢籍にも「嘗レ新」という表現は見える。】ところがこの新嘗を、書紀では「爾波能阿比（にわのあい）」【「新の饗」である。弘仁私記で「会う」の意味としているのも、分からなくはないが、やはり「あえ」が訛ったのであろう。】とも、「爾波那比（にわない）」【上記と同じ。「のあ」を縮めれば「な」になる。】とも、「爾波那閇（にわなえ）」【上記と同じ。】とも、「爾比那米（にいなめ）」【上記と同じ。「へ」と「め」は通う。】とも、「爾比閇（にいえ）」【上記と同じ。「あ」を省略。】とも、「爾波比（にわい）」【上記と同じ。】など、様々に読みを付けているが、どれも正しくない。【「嘗」の字は「なむる（なめる）」と読むから、「にいなめ」と言うのだと思い誤ってはならない。】この記の下巻朝倉の宮（雄略天皇）の段の采女の歌や大后の歌に「爾比那閇夜（にいなえや）」【新嘗屋である。】とあるのが、正しい読みである。【「なえ」は「のあえ」が縮まったのである。また「あ」と「な」は通用する例が多いので、直接「にいあえ」と解することもできる。】万葉巻十四の東歌【廿丁】（３４６０）に「多禮曽許能、屋能戸於曽夫流、爾布奈未爾、和我世乎夜里弖（底本正字は氏の下に一）、伊波布許能戸乎（たれぞこの、やのとおそぶる、にうなみに、わがせをやりて、いわうこのとを）」【「爾布奈未」の「未」は、米（め）の誤りか。どちらにしても、「にいなえ」を東国ではそう言った。上野国の新田も、和名抄では「にふた（旧仮名）」と書いている。歌の意味は、上述の「にえ」をするところへ夫を遣って、妻は家に留まっているのである。よそへ「にえ」にやっても、家の戸を閉ざして、慎しんでいたのであろう。そういうときにやって来て、戸を押し開けようとするのは誰かと、とがめているわけである。】この「爾布奈未」は「爾比那閇」の東国方言であり、前に引いた下総国の歌の「爾倍」と全く同じ言葉のようなので、「にえ」は「にいあえ」の縮まった言葉だと知るべきである。新嘗は、朝廷の行事を表す文字なので、「大（おお）」の字を付けて「おおにいなえ」とか「おおにえ」とか言う。【「神嘗」は、古い書物で「かむにえ」と訓を付けたのが良い。「かんなめ」と読むのは良くない。「相嘗」は「あいんべ」と言うことが、公事根源（室町時代の有職故実書）に見える。「にえ」を「むべ」と言うのは、「大嘗（おおんべ）」と同じなので、これが良い。「あいなめ」と言うのは、これも誤っている。言葉の元の意味を知らず、みだりに読んでいるために、紛れて訛ることが多い。○書紀に「天稚彦新嘗休臥（あめのわかひこ、にいなえして、ねふせる）」とあるのは、「にいなえ」が身分の上下なく行ったことは、上述の通りであるから、天稚彦もしたのである。新嘗の字はさしあたり借りたのだ。それを「この神は朝廷の儀式を真似て朝廷の権威を侵した」というのは、いにしえのことを知らないからだ。皇極紀に、「天皇が新嘗を行い、この日、皇太子・大臣もそれぞれ新嘗を行った」とあるのを見よ。】後世には、踐祚（皇位に就く）た初めに行うのを大嘗、毎年おこなうのを新嘗と分けて言うようになったが、いにしえは通用して言い、同じ意味であった。だから書紀の清寧の巻で、同じ時に行ったのを初め【三丁】は大嘗と書き、後【六丁】には新嘗と書いており、皇極天皇の踐祚の大嘗も新嘗と書き、神祇令では、いずれも大嘗とある。【北山抄にも「踐祚の大嘗祭」、「毎季の大嘗祭」とある。】＜訳者註：新嘗祭は現在も毎年秋に行われている重要な宮中行事で、国民の祝日である「勤労感謝の日」に相当する。また天皇即位後の初めての新嘗祭を特に「大嘗祭」と呼んでいる。＞○聞看。書紀の皇極の巻に「新嘗きこしめす」、続日本紀三十【十五丁】の宣命に「今日方新嘗乃猶良比乃豊乃明聞許之賣須日仁在（きょうは、おおにえのナオライの、トヨのアカリきこしめすヒにあり）云々」、この言葉の意味は、前に【伝七の十七葉】「所知（しろしめす）」のところで述べた。ここでは「食べたまう」ということである。後世の書にも、そう言った例が多い。【今の世にも「こしめす」という言葉が残っているのは、この省略形である。】祈年祭の祝詞に、「荷前者、皇大御神能大前爾如２横山１打積置弖（正字は氏の下に一）、残乎波平聞看（ハツホは、スメオオミカミのオオマエにヨコヤマのごとウチつみおきて、ノコリをばタイラケクきこしめし）云々」、【この「聞看」も、天皇が食べるということである。】また大嘗祭の祝詞にも「今年十一月中卯日爾、天都御食乃長御食能遠御食登、皇御孫命乃大嘗聞食牟爲故爾、皇神等相宇豆乃比奉弖（正字は氏の下に一）、堅磐爾常磐爾齋比奉利、茂御世爾幸閇奉牟止依志弖（正字は氏の下に一）、千秋五百秋爾平久安久聞食弖（正字は氏の下に一）、豊明爾明坐皇御孫命能（ことしのシモツキのなかのウのひに、あまつミケのながミケのとおミケと、スメミマのミコトのおおにえキコシメサンためのユエに、スメカミたちアイうずのいまつりて、カキハにトキハにいわいまつり、イカシみよにサキワエまつらんとヨサシて、チアキいおあきにタイラケクやすくキコシメシて、とよのあかりにアカリまさんスメミマのミコトの）云々）」、これらを参照せよ。いにしえの大嘗は、天皇自ら食べることを主に言っている。中巻、明の宮（應神天皇）の段に、「聞＝看２豊明１（トヨのアカリきこしめす）」とあるのも同様である。【この大嘗を、ただ神に奉ることだけのように言うのは、古意とは違う。】＜訳者註：豊の明かりは、夜を徹して開く宴のこと＞○屎麻理（くそまり）。書紀に「送糞、これを『くそまる』と言う」とある。「まり」は大小便をすることである。万葉巻十六【十八丁】（３８３２）に「屎遠麻禮（クソとおくマレ）」、竹取物語に「燕（つばくらめ）のまり置ける旧糞（ふるぐそ）」などがある。【今の世に、大小便を取る器具を「おまる」と言うのもこのことである。】さらに伝五【五十九葉】を考え合わせよ。散は「ちらす」と読む。後の文も同じ。【「あかつ」と読むのは良くない。】この所行を中巻の神功皇后の段【大祓の祝詞、古語拾遺も同じ。】には屎戸（くそど）と書いてある。【このことはその段で詳しく言う。】書紀には「陰（ひそか）に新宮（にいみや）に屎まる」、「新宮の御席（みまし）の下にひそかに屎まる云々」ともある。一般に「にえ」を行うときは、万事に慎しむことは、前述の通りである。新宮とあるからには、新嘗のために新たに宮を建てたのであろう。そういうところに、こんな汚らわしい所行を働いたのは、荒ぶることが甚だしかったのである。○雖然爲は「しかすれども」と読む。○登賀米受而（とがめずて）は、「咎めずて」ということである。倭姫命世記に「何是問給止止可賣白支、其處乎止鹿乃淵號支（などカクとトガメもうしき、そこをトガのフチとなづけき）」、万葉巻四【四十九丁】（７２１）に「吾爲類和射乎害目賜名（わがするワザをトガメたまうな）」、同巻十八【三十五丁】（４１３０）に「比等毛登賀米授（ヒトもとがめず）」などがある。書紀に「凡此諸事盡是無状、雖レ然日神恩親之意、不レ�ﾁ不恨、皆以平心容焉（すべてこのモロモロのことコトゴトクにコレあじきなし。しかれどもヒのカミ、コノカミおととムツマシキみこころもちにして、トガメたまわず、ウラミたまわず。みなタイラカなるミココロをもてゆるしたまう）＜口語訳：諸々の所行はこのように甚だ乱暴だった。しかし日神は、弟を愛しいと思う心があって、咎めることも恨むこともなく、すべてを平静な心で受け止めて許していた＞」とある。○如屎は、「くそなすは」と読む。後の文に「埋溝者」とあるのを考えると、ここにも「者」の字があって然るべきである。こう言ったのは、屎のように見えるのは屎でなく、酒に酔って吐き知らしたものであると言うのだ。これは、屎であると知りながら、屎でないように言ったのである。酒に酔って吐くときは、やむことを得ず、所を選ばず吐くことがある。また屎に比べると穢れも浅いから、こう言い直されたのは、御恩愛（みうつくしみ）が深いからである。○登許曾（とこそ）は助辞である。次にあるのも同じ。○爲如此は、「かくしつらめ」と読む。「らめ」は「らむ」と同じく、推測の言葉である。ここはこの助辞を必ず読み添える。【記中、こうした助辞は省くことが多い。】○地矣阿多良斯登（ところをあたらしと）。古い書物には「惜」を「あたらし」と読むことが多い。大雀天皇（仁徳天皇）の歌に「阿多良須賀波良（あたらスガハラ）」、書紀の雄略の巻【二十二丁】に「阿タ（てへん＋施のつくり）羅陀倶彌ハ（白＋番）夜（あたらタクミはや）」、また【二十三丁】「婀タ（てへん＋施のつくり）羅斯枳、偉儺謎能陀倶彌（あたらしきイナベのタクミ）・・・婀タ（てへん＋施のつくり）羅須彌儺ハ（白＋番）（あたらスミナワ）」、万葉巻十【三十六丁】（２１２０）に「思惠也安多良思（シエヤアタラシ）」など、この他にも数多い。この言葉は、田になるところを使って畔を作り溝を掘るのは、惜しいことと思って、畔を崩し溝を埋めて、そこも田にしようと思ってのことだろうと言うのである。これも悪行を善行のように言い換えていることは、上記と同じだ。この一つ一つに「我那勢之命（アがナセのミコト）」と言っていることに、弟を親愛の眼差しで見ている心が感じられ、はなはだありがたいお言葉である。○詔雖直は「のりなおしたまえども」と読む。祝詞に「聞直志見直志（ききなおしみなおし）」【延喜式八の廿丁、廿二丁】とあるのと同じ言い方で、悪事を善のように言うことである。およそ悪を善にすることを「直す」と言うのは、前に述べたことと思い合わせて考えよ。○轉は「うたてあり」と読む。これは以前からあることがいよいよ進んで、甚だしくなることを言う。万葉巻十二【五丁】（２８７７）に「何時奈毛、不戀有登者、雖不有、得田直比來、戀之繁母（いつはなも、こいずありとは、あらねども、ウタテこのごろ、こいのしげきも）」、また巻廿【十三丁】（４３０７）に「秋等伊閇婆、許己呂曽伊多伎、宇多弖家爾、花爾奈蘇倍弖、見麻久保里香聞（あきといえば、こころぞいたき、ウタテけに、はなになぞえて、みまくほりかも）」【この他巻十の十二丁、巻十一の十丁にもこの言葉がある。開いて見よ。源氏物語の葵の巻に、紫の上の髪のことを「うたて所せうもあるかな、いかにおひやらむとすらむ」と言い、同じ巻に「年ごろあはれと思ひきこえつるは、かたはしにもあらざりけり。人の心こそうたてあるものはあれ、云々」これらも、いよいよ進行して甚だしくなることを言う。】これらの例で納得するべきである。轉（転）の字を書くのは、転（うつ）り進む意を取ったのであろう。下巻の穴穂の朝（安康天皇）の段に「宇多弖物云王子（ウタテものいうミコ）」、書紀で武烈天皇の悪行を述べたところに、「設２奇偉之戯１（あやしくウタテあるタワブレをもうけて）」などとあるのは、上記の意から転じて、平穏な普通のことと違い、怪しく善からぬ意味と思われる。貫之集に蟻通明神のことを「ウタテある神である」と言うのもこれである。古今集（９３９）に「あはれてふ言（こと）こそうたて、世中をおもひはなれぬほだしなりけれ」、また（４７）「落（ち）ると見て可在物（あるべきもの）を梅の花、うたて香（におい）の袖に留まれる」、これも（７４６）「形見こそ今は仇なれ」と詠んだのと同じような意味である。【菅家万葉集に、この歌の「うたて」を「別様」と書いてあるのは、意味が遠い。春記（平安時代、藤原資房の日記）に「瀧口定清が、さる夜盗賊を捕らえられなかったのは」、「はなはだ以て別様なり」という「別様」は「うたてし」と読む。中古にこの字を書き習わしていたのだろう。】また俗に笑止であるということを「うたてき」と言うのも、これから転じたのである。古今集俳諧に「花を見て折らむとすれば女郎花、うたたあるさまの名にこそ有けれ」、この「うたた」も同言で、意味も同じである。【女郎という名にはばかって、尋常の花と違い、折ることを怪しく善からぬことと思う意味の歌である。】そのため、この轉の字も、普通は「うたた」と読む。ここでは、まず「うたてあり」と言っておいて、次にその内容（所行）を述べるのである。○この段では、論ずべきことがある。須佐之男命は既に誓（うけ）いによって心が清明であることを明らかにし、「我勝ちぬ」と言い、天照大御神も承諾したのだから、【書紀では「ここで日神は初めて素戔嗚尊に悪心がないことを知った」、また「これにより、日神は初めて素戔嗚尊の赤心を知った」とある。】このとき、既に心の清明なることは疑いなかった。それにもかかわらず、またもこのように天照大御神に対して、種々の悪事を働いたのはなぜだろうか。このいきさつは、書紀のいくつかの伝えも全く同じであるが、いにしえから注釈者は気付かなかったのか、何とも論じられていないのは、おろそかなことである。私には、はなはだ納得のいかないことに思われる。そこで考えたのだが、書紀の一つの伝えとして、まず種々の悪事があり、天の石屋の一件の後、祓えを負わせて放逐されたことが述べられ、その後天照大御神に会うため高天の原に昇って、誓いのことが述べられる。この次第が自然なように思う。これに従えば、この記や書紀の他の伝えは、事件の順序を取り違えたのだろうか。それは、初めに伊邪那岐大御神に放逐されたことと、祓えの後で神々に追放されたのと、事情がよく似ていたため、後で起きたことの次の追放のことを、誤って初めにあったことの次に述べたのではないか、ということである。これは書紀の一書（第三）にそうあるから言うのである。けれども、この記などの記述を正しいとするなら、誓（うけ）いのときは本当に清明な心であったけれども、誓いに勝った心のおごりから、またしても元の悪心が起こったということだろうか。【この記には「勝佐備に」という語があるので、こういう解釈もできる。書紀にはそういう言葉がなく、「この後、素戔嗚尊の行状がはなはだ乱暴であった」と書き出しており、あまり前後の関係がなくて、唐突な印象である。清い心はなぜたちまち変わって、こうなったのだろうか。】○忌服屋は、「いみはたや」と読む。【「忌」を「いん」と読むのは誤りである。「忌〜」というたぐいは、すべて「いみ」と仮名を付けるべきである。この場合、発音上「いむ」と聞こえるように読むのは、自然の音便である。】書紀には「齋服殿（いみはたどの）」、「織殿（はたどの）」などとある。「忌（いみ）」というのは、神御衣（かんみそ）を織る建物なので、万事を斎戒し、慎しむからである。齋斧（いみおの）、齋スキ（金＋且）（いみすき）、齋柱（いみはしら）なども同じである。○神御衣は、「かみのみけし」とも読めるが、ここはやはり「かむみそ（かんみそ）」と読むべきである。神に奉る衣である。【この大御神が祭る神は天津神だという説はいい。だがその天津神を天の日だとか、自ら心神を齋（いわ）うといった説は、例の論するに足りぬたわごとである。】これは、大御神が自分で織るのでない。衣織女に織らせているのである。【書紀も同じことである。それを大御神自身が織ったという説は誤りである。文に気を付けて読むべきである。】それを自らその服屋に来て、事の進行を見ていたのは、神事を重んじていたからではあるまいか。もっとも、それほどでなくても、自ら現場に赴いて進行を見ることは当然だ。○頂（むね）は、白檮原の宮（神武天皇）の段にも、「この刀を下すのに、高倉下（たかくらじ）の倉の頂（むね）に穴を穿って、そこから落とし入れた」とあり、いずれも「棟」である。和名抄に「棟は桴（ふ）という。和名『むね』」とあり、新撰字鏡に「イン（木＋穩のつくり）は楹（はしら）の上に横に渡すものである。棟。『むね』」とある。【増韻（新増韻鏡易解大全のことか？）に、「イン（木＋穩のつくり）は屋脊」と注してある。】穿つは、「穿邑、これを『宇介知能務羅（うかちのむら）』という」とあるのによって読む。【書紀では、「介」は「か」の仮字としてのみ用いている。「け」と読むのは間違いである。】○天斑馬（あめのふちごま）。和名抄に「駁（ぶち）馬は、俗に『ふちむま』と言う。説文に、『駁は毛の色が純色でない馬のこと』という。」とある。【「ふち」を「俗に言う」とあるが、俗称ではないだろう。】また「ショウ（馬＋曾）馬は、爾雅の注に、『四コウ（骨＋交）がみな白いのをショウ（馬＋曾）馬という』とあり、俗に『あしぶち』という。」後世には「ぶち」と濁って言うようになったが、いにしえには語頭が濁ることはなかったので、「ふち」と清んで読む。今の世でも、地方によっては清んで言うそうだ。馬は「うま」、「こま」は【万葉巻十四（３５３７）に「古宇馬（こうま）」ともある。】駒で、和名抄には「馬の子」ともあるが、いにしえは馬をたいてい「こま」と言っていた。ここもそう読むべきである。書紀ではそのまま「斑駒」と書いてある。ところで、御国にはもと牛馬はなく、百済から伝えられたとうい説があるが、【後漢書にも御国に牛馬なしと書かれている。】ここにこうあるし、八千矛神のところでも馬のことが見え、保食神の頂に牛馬が化生したことも書紀に見えている。【この斑馬は鹿のことだという説などは取るに足りない。】○逆剥剥（さかはぎにはぎて）。書紀一書に「生剥（いけはぎ）」ともある。中巻の神功の段では「生剥逆剥」と重ねて書いている。【そのことはそこで言う。】逆剥は尾の方から、逆さに皮を剥ぐことである。○所墮は、二字を「おとし」と読む。これは「令レ堕」と書くべきことであるが、万葉などでも、「令」と書くところに「所」を書いた例が多い。書紀では「穿２殿甍１而投納（おおとののイラカをうがちてナゲいる）」とある。○上記、種々の悪事の目録は、中巻の神功の段に出ている。さらにそこでも述べる。○天衣織女は、【衣の字は、一本に服と書いてある。】「あめのみそおりめ」と読む。○梭（ひ）。和名抄の織機の具に、「通俗文にいわく、『緯（ぬき）を受けるものをチョ（竹かんむりに貯のつくり）』といい【和名ひ】、また梭ともいう。考えるに、チョ（竹かんむりに貯のつくり）は杼の字である。説文に『杼は機（はた）の緯（よこいと）を保持する部品である』という。」と見え、新撰字鏡には「杼とチョ（竹かんむりに貯のつくり）は衣を織る『ひい』」とある。【今の本に「カヒ」とあるのは誤りである。これは「御梭（みひ）」の意味で古い書物に「アヒ」とあるのを、「ア」は「カ」の誤りだろうと考えて、後人がさかしらに改めたのである。昔の訓に、「ミ」を「ア」と書いた例が、書紀に多い。注意すべきである。】○死は「みうせき」と読む。遷却祟神の祝詞に、「高津鳥殃（爾）依（弖）立處（爾）身亡（支）（たかつどりのワザワイによりて、たちどころにミウセキ）」とある。書紀の崇神の巻に、「倭迹迹姫命箸撞レ陰而薨（やまとととびめのみこと、はしにホトをつきてみまかる）」とあるのに似たことである。ところで、この部分は、書紀本文には「天照大神驚動以レ梭傷レ身（天照大神自身が驚いて梭で傷ついた）」、一書には「稚日女尊織２神之御服１也（ワカヒルメのミコトかんみそをおりたまう）云々」、「乃驚而堕レ機以２所持梭１傷レ體而神退矣（すなわちおどろきてハタにおちて、もたせるヒをもちてミみをやぶらしめてカムザリましぬ）」ともある。○見畏（みかしこみて）とは、荒っぽい所行を見て恐れ、天の石屋に籠もったのである。書紀の意味とは異なる。【書紀には、「これを怒って」とある。】○天石屋戸（あめのいわやど）は、必ずしも本当の岩窟ではない。「石（いわ）」とは単に堅いことを言うのであって、天之石位（あめのいわくら）、天之石靱（あめのいわゆぎ）、天之磐船（あめのいわふね）などのたぐいで、普通の宮殿をこう言ったのだろう。【豊石窓、櫛石窓なども、石（いわ）は単に堅いことで、要するに窓である。大祓えの祝詞に、「天津神波天之磐門乎押披弖（正字は氏の下に一）（天津神はあめのいわとをおしひらきて）云々」といっているのを考えよ。天津神はいつも岩窟に住んでいるわけではない。倭姫命世記に「天磐戸乃リン（金＋侖）預賜利弖（あめのいわとのカギあずかりたまわりて）」とあるのも、神の宮の戸を言っている。ある説で、石屋などの石「いわ」は祝うことであるというのは間違いである。書紀に「岩窟」とある文字にこだわってはならない。万葉巻十二【八丁】（２９１２）に「屋戸閉勿勤（やどさすなゆめ）」、これは屋の戸を屋戸と言う例である。巻三【二十五丁】（３０９）に石室戸（いわやど）ともある。○閇。旧印本および延佳本に「開」を書いてあるのは誤りである。今は一本によった。これは「たてて」と読む。万葉巻三【四十五丁】（４１８）に「豊國乃鏡山之石戸立隠爾計良思（とよくにのカガミのヤマのイワトたてコモリにけらし）」、この「立て」も闔（とじる）ことを言う。今の世でも言う言葉である。閉じることを「たてる」という理由としては、師の説で「上代には戸を普通は傍らによけて置いて、閉じるときにはそれを持ってきて、立てて塞いだのだ」という。【後世の遣り戸（引き戸）は、これを便利にしたものだろう。排戸（開き戸）は上代からあった。○今、俗に戸、障子のたぐいを「建具」と言う。】○刺（さす）は、閉じた戸に物を刺して固めることを言う。万葉巻十二【三十一丁】の（３１１７）「門立而戸毛閇而有乎（かどたててトもさしたるを）」、（３１１８）「門立而戸者雖闔（かどたててトはさしたれど）」などの歌で、「たてる」と「さす」に違いがあることが分かる。万葉巻廿【三十一丁】（４３９０）に「久留爾久枳作之加多米等之（くるにクギさしカタメとし）」【「久留」は戸の枢（くるる）である。久枳は釘である。加多米等之は「固めてし」である。】また巻十六【十五丁】（３８１６）に「櫃爾クギ（金＋巣）刺藏而師（ひつにクギさしおさめてし）」【和名抄ではクギ（金＋巣）子を「蔵の鍵」としているが、鍵ではない。今は「錠」というものである。そのため、今の本では「ざう（ぞう:：じょう）」と訓を付けている。しかし師は、上記の巻廿の歌によって、「くぎ」と読んだ。いにしえは錠も鍵と呼んだのだろう。】書紀の清寧の巻に「クギ（金＋巣）＝閇２外門１（とのカドをさしかため）云々」、和名抄に、「ケイ（戸だれに冂＋口）は『とざし』」とある。【これも戸を刺し固めるゆえの名である。＜訳者註：ケイ（戸だれに冂＋口）はかんぬきの意＞○許母理は「籠もる」である。この石屋戸に籠もったことを、「死んだのである」と言う人があるが、例によって漢意の憶測で、たいへんな邪説である。【もし日の神が死んだら、この世は滅ぶだろう。あなかしこ、あなかしこ。】