故大國主�~坐２出雲之御大之御前１時。自２波穗１。乘２天之羅摩船１而。内＝剥２鵝皮１剥爲２衣服１。有２歸來�~１。爾雖レ問２其名１不レ答。且雖レ問２所從之諸�~１。皆白レ不レ知。爾多邇具久白言。＜自レ多下四字以レ音＞此者久延毘古必知之。即召２久延毘古１問時。答＝白２此者�~産巣日�~之御子少名毘古那�~１。＜自レ毘下三字以レ音＞故爾白＝上２於�~産巣日御祖命１者。答＝告此者實我子也。於２子之中１。自２我手俣１久岐斯子也。＜自レ久下三字以レ音＞故與２汝葦原色許男命１爲２兄弟１而。作＝堅２其國１。故自レ爾。大穴牟遲與２少名毘古那１二柱�~相並。作＝堅２此國１。然後者。其少名毘古那�~者。度２于常世國１也。故顯＝白２其少名毘古那�~１。所レ謂久延毘古者。於２今者１山田之曾富騰者也。此�~者。足雖レ不レ行。盡知２天下之事１�~也。

訓読：かれこのオオクニヌシのカミいずものミホのみさきにいますときに、なみのほより、アメのカガミのふねにのりて、ヒムシのかわをウツハギにはぎてキモノにして、よりくるカミあり。かれそのナをとわすれどもこたえず。またミトモのカミたちにとわすれども、みな「しらず」ともうしき。ここにタニグクもうさく、「こはクエビコぞかならずしりたらん」ともうせば、すなわちクエビコをめしてとわすときに、「こはカミムスビのカミのみこスクナビコナのカミなり」ともうしき。かれここにカミムスビみおやのミコトにもうしあげしかば、「こはマコトにアがミコなり、ミコのなかに、アがたなまたよりくきしミコなり。かれミマシ・アシハラのシコオのミコトとアニオトとなりて、そのクニつくりかためてよ」とのりたまいき。かれそれより、オオナムジとスクナビコナとふたばしらのカミあいならばして、このクニつくりかためたまいき。さてのちには、そのスクナビコナのカミは、とこよのクニにわたりましき。かれそのスクナビコナのカミをあらわしもうせりし、いわゆるクエビコは、いまにヤマダのソオドというものなり。このカミは、あしはあるかねども、あめのしたのことをコトゴトにしれるカミになもありける。

口語訳：この大国主神が出雲の御大の崎にいたとき、波間から、天の羅摩の船に乗り、鵝の皮を剥いで着物にしたものを着て、やって来た神があった。その名を尋ねたが答えない。お伴の神々に尋ねても、みな「知らない」と言う。だが多邇具久という神が、「これは久延毘古ならきっと知っているでしょう」と言った。そこで久延毘古を召して尋ねたところ、「これは神産巣日神の御子で、少名毘古那神という神です」と答えた。そこで神産巣日命に報告し、この神を見せたところ、「これは確かに私の子だ。私の子の中で、指の間から漏れた子だ。だからあなた、葦原色許男命はこの子と兄弟になって、この国を作り固めなさい」と言った。そこでこの後、大穴牟遲命と少名毘古那神の二柱は相並んで、この国を作り固めた。その後、少名毘古那神は常世の国に行ってしまった。この少名毘古那神の名を明らかにした、いわゆる久延毘古は、今は山田の曾富騰（そおど＝かかし）という者である。この神は、歩くことはできないけれども、世の中のことをすべて知っている神だという。

御大之御前（みほのみさき）。出雲国風土記には「嶋根郡の美保郷は、天下を造った大神・・・生ませた子が御穂須々美（みほすすみ）命である。この神がいるので美保という」とあり、「美保の濱は、広さ一百六十歩、西に神社、北に百姓の家があり、志毘（しび）の魚を捕る。」とある。また「美保の埼云々」ともある。延喜式神名帳には美保神社が出ている。この地名は、後にも出てくる。この地は出雲の東北の端になる。「保」に「大（旧仮名オホ）」の字を書くのは、「オホ」の「オ」を省いて用いたのだ。【「お」を省く例は多い。】例はこの記中に「穴大部（あなホべ）」【書紀には穴穗部と書く。】天武紀に迹太川（とホがわ）、万葉巻十三【二十四丁】（３３０９）に「爾太遥（にホヘる）」、巻十九【二十六丁】（４２１１）に「爾太要（にホえ）」などがある（この項、ホは旧仮名表記）。御前は、山であれ海辺であれ、矛先のように突き出した地形を言う。埼、崎、碕、岬などの字を書く。書紀【十七＜継体天皇＞】に「嶋曲、これを俗に『みさき』という」とあり。和名抄には岬、または汀を「みさき」としている。ここの故事は、書紀では「はじめ大己貴命が天下を平定したとき、出雲國の五十狹々（いささ）の小汀（おばま）に到って、飲食しようとした。この時に云々」とある。○波穗（なみのほ）は、万葉巻十四【三十二丁】（３５５０）に「奈美乃保能伊多夫良思毛與（なみのほのいたぶらしもよ）」とあるのによって読む。この言葉は、上巻の巻末にも「十掬（とつか）剣を抜いてさかさに浪の穂に突き立てて云々」、「御毛沼（みけぬ）命は、波の穂を踏んで云々」などの用例がある。書紀の神代下巻に、「秀起（さきだてる）浪の穂の上に八尋殿を建てて云々・・・秀起、これを『さきだてる』と読む」とある。一般に「穂」とは著しく現れ出たことを言い、波の穂とは、書紀に「秀起」とある通り、【「さき」は花が咲くなどの「さく」である。万葉巻十四（３５５１）に「左久奈美（さくなみ）」とも詠まれている。】波が白く高く立つさまを言う古言である。○自（より）は、次の「歸來（よりくる）」にかかる語として見る。「波の上を」ということである。【「自レ船（ふねより＝船で）」、「自レ徒（かちより＝徒歩で）」の「より」である。】○天之羅摩船（あめのかがみのふね）。「天之（あめの）」というのは「天之蘿（あめのひかげ）」、「天之眞拆（あめのまさき）」などと同様である。【ここの「羅」を延佳本で「蘿」としているのは、さかしらに草冠を加えたものである。諸本や旧事紀の旧印本、釈日本紀に引用したのは、みな草冠がない。古い本がそうだったからだろう。】書紀には、「白ケン（くさかんむりに歛）（かがみ）の皮を船にして」とある。和名抄によると「本草にいわく、蘿摩子、一名ガン（くさかんむりに丸）蘭は、和名『かがみ』、白ケン（くさかんむりに歛）は、和名『やまかがみ』、徐長卿は、和名『ひめかがみ』」などとある。今の人は「かがらい」とか「ががいも」と呼び、その殻を割った形は、舟によく似ているそうである。【後拾遺集（１２１４）に「あけがたははづかしげなる朝皃（あさがお）を、かがみ草にも見せてけるかな」。】○鵝皮（ひむしのかわ）。鵝の字はきっと間違いだろう。【ここは、少名毘古那神の体が極端に小さかったことを言う場面なのに、鵝（ガチョウなど）はそれほど小さい鳥ではない。】そこで延佳は「蛾」の誤りではないかと言った。新撰字鏡には「蛾はギ（虫＋豈）であり蟻である。『ありひいる』」とあり、和名抄には「説文にいわく、蛾はカイコ（天二つの下に日、その下に虫二つ）が飛ぶ虫に変化する。和名『ヒヒル：ひいる』」と見える。蟻でも【蟻と蛾は通用する。】「ひいる」でも【「ひいる」に種々ある。】たいへん小さい虫だから、ここによく当てはまる。その中に、書紀の仁徳の巻の皇后の歌に、「那菟務始能譬務始能虚呂望（なつむしのヒムシのころも）」というのがあり、「譬務始」は飛蛾などといって、燈火に飛び込んで自ら身を亡ぼす虫であり、蛾（ひいる）の一種である。この歌の衣の喩えも、ここに関係があるように思われるので、【ただし「蛾」と「鵝」では、字形がそれほど似ていない。それを間違えるだろうかという疑いもあるのだが、】取りあえず「蛾」の字だと仮定して、「ひむしのかわ」と読んでおく。ここは、書紀では「雀（さざき）の羽を衣にして」とある。【このため、師（賀茂真淵）は、ここも「さざきのかわ」と読んだが、「さざき」なら書紀のように羽とあるべきで、皮と言うのは鳥には似つかわしくない。それに、この記では「さざき」には雀と書くのが通例で、鵝の字とは間違えそうにない。万葉巻十三（３３３６）に「蛾葉之衣」という言葉がある。今の本では「かわのきぬ」と読んでいるが、ほかの訓もありそうで、あるいはこの部分に関係があるのではないだろうか。読者はさらに考えてほしい。】○内剥（うつはぎ）は前に「天香山の眞男鹿（まおしか）の肩の骨を内抜（うつぬ）きに抜いて」とあったのと同じである。「内（うつ）」の意味はそこ【伝八の三十八葉】で述べた。書紀には「眞名鹿（まなが）の皮を全剥（うつは）ぎにして天羽鞴（あめのはぶき）を作り・・・全剥、これを『うつはぎ』と読む。」とある。【ここの「皮」の下の「剥」の字は旧印本にはないが、諸本にある。】○歸來（よりくる）は、後の文に「有２光レ海依來之神１（うみをてらしてよりくるかみあり）」という「依來（よりくる）」と同じ。【「歸」の字を「依」の意味に用いた例は、中巻に「喚歸（よびよせ）」、書紀の垂仁の巻に「重浪歸國（しきなみよるくに）」、万葉巻三（３９１）に「樹爾伐歸都（きにきりよせつ）」など、この他にもある。】○所從之諸神は、「みとものかみたち」と読む。大国主神の従者たちである。○多邇且久（たにぐく）。「且」の字は、諸本みな同じだが、この字を仮名に用いたことは、この記はもちろん、他の書物でも例がないので、間違いなく写し誤りである。「具」の字が正しい。その理由は、万葉巻五【七丁】（８００）に「多爾具久能佐和多流伎波美（たにぐくのさわたるきわみ）」、巻六【二十五丁】（９７１）に「谷潜乃狹渡極（たにぐくのさわたるきわみ）」、祈年祭の祝詞に「谷蟆能狹渡極（たにぐくのさわたるきわみ）」【月次祭の祝詞にもある。】などの例による。これは蟾蜍（ひきがえる）のことで、【祝詞に「蟆」と書かれているのは蝦蟇のことで、それは普通の蛙のことだから「ひきがえる」とは違うようだが、いにしえにはどちらにも通用した。漢籍にも多い。また祝詞の今の本で蟆を「加麻」と読んでいるが、字音なので＜訓でないので＞誤りである。師がこれを「ぐく」と読んだのが当たっているのは、万葉などに照らして明らかである。】「ぐく」は鳴き声による名である。谷というのは、物の間にいるものだからである。【あるいは「くく」が蛙の総称で、ひきがえるを「谷ぐく」と言うか。】この生物に霊異があることは漢籍にも見え、世人も知っている通りなので、ここの場面にも理由のあることと思われる。【本朝文粋の村上天皇古調の歌に、「又有２異體者１、名號爲２最明１、野鎚誰得レ辨、蝦蟇尤耐レ驚」とあるが、この歌は、「野鎚（蛇など）」と「蝦蟇」の対句を考えると、ここの「異體者（異形の者）」の姿は、野鎚や蝦蟇に似ていた。こういう姿の者は、誰が辨（わきまえ）知るだろうか、見れば誰でも驚くだろうという意味か。それとも野鎚といえども、この正体を知らない、蝦蟇でさえ見れば驚くだけだろう、という意味か。後の意味なら、野鎚や蝦蟇はものをよく弁え知る者ということにして詠んだ歌なので、この箇所に関連する。そのため引用した。】○久延毘古（くえびこ）。名前の意味は次に言う。延喜式神名帳に能登國能登郡の久テ（氏の下に一）比古神社が載っている。【このテ（氏の下に一）の字は、あるいは延の誤りではないだろうか。宗祇の「囘國雑記」という書に、「能登の國に至り侍りて・・・くゑのやつ（崩れ谷）と云ふ所にてよめる、『心からうきすまひにもなれぬらむ、やちたび何をくゑの里人』」とあるのを見ると、いよいよ「久テ（氏の下に一）」は「久延」の誤りではないかという気がする。とにかく「テ（氏の下に一）」が正しいとしても「延」と同韻である。】同郡には宿那彦神像石（すくなびこのかみのかたいし）神社というのもある。【○この部分、「必」の字から九字は、旧印本や一本にはない。脱落である。ここでは真福寺本および一本によった。】○少名毘古那神（すくなびこなのかみ）。【「毘」の字は濁音である。清音に読むのは誤っている。】この名の「少（すくな）」は、書紀纂疏に、「体が小さいので名付けた」とある。そうだろう。「すくなし」というのは、後には「多し」の反対語として、数の多少だけを言うようになったが、古くは「大」に対して「小」の意味にも使った。万葉では「小彦名」とも書いている。【官職にも大少があり、大を「おおい」、少を「すない」と言う。】ところで、この名の「すくな」は数が少ないという意味のようにも思われ、「名」の字を添えているのは、大名持（大穴牟遲）の「大名」に対して言うのだろうか。【そうなら「すくなな」と言うべきところを縮めたのである。一般に同音が重なった場合は一つを省くことが多い。】中巻の息長帯日女命（おきながたらしひめのみこと＝神功皇后）の歌に、「須久那美加微（すくなみかみ）」とあるのもこの神である。【万葉でもそう詠んでいる。】終わりの「毘古、那」は例の讃え名である。【延喜式神名帳には、越前國坂井郡に比古奈神社がある。また堺原の宮（孝元天皇）の段には、少日子建猪心（すくなひこたけいごころ）の命という人名もある。また宿奈麻呂（すくなまろ）という名もある。】この神のことは、上記の息長帯日女命の歌のところでもさらに言う。○白上（もうしあげ）。「白」はこれこれしかじかと報告したのである。「上」は、少名毘古那を連れて天上に上り、御祖の神に献ったことを言う。【次に神産巣日御祖命が「これは本当に私の子だ」と言ったのは、少名毘古那を目の当たりに見て言ったわけだ。】前の遠呂智（おろち）の段で、都牟刈之大刀（つむがりのたち）を天照大御神に「白上（もうしあげ）」とあったのも、その「上」は大刀を献上したことを言う。【単に「もうす」ことを俗に「もうしあげる」と言うのとは、意味合いが異なる。「上（あげ）」の言葉を軽く見ては行けない。】○實（まこと）にというのは、「久延毘古はこう言っていますが、どうでしょうか」というのに答えて、「それは本当だ」と言ったのである。○「自２我手俣１久岐斯（わがたなまたよりくきし）」。これは既【伝五の七十五葉】に出た。【○ここの文で「實我子也。於２子之中１〜子也」と「子」を三度繰り返しているのは古文の書き方である。今の世で文章を書く人は、こうした繰り返しを下手な文のように思って省く事が多いが、それはまだいにしえのさまではない。】書紀では「是時海上忽有人聲、乃驚而求之、都無所見、頃時有一箇小男（このときにウナハラにひとごえせれば、おどろきてみたまうに、さらにものもみえず、しばらくありていとちいさきおとこ）・・・隨潮水以浮到、大己貴神即取、置掌中而翫之則、跳囓其頬、乃怪其物色、（しおのまにまによりきつ。おおなむちのかみすなわちとりて、タナウラにすえてもてあそびたまいしかば、おどりてそのつらをかみき。『あやしきさまなるもの』とおもおして）＜口語訳：このとき、海原から声が聞こえた。驚いて見たが、何もいるように見えない。ところが暫くして大変小さな男が・・・潮の流れに任せてやって来た。大己貴神がその男を掌に載せておもちゃにしていたところ、不意に躍り上がって、頬に噛みついた。『妙な奴だ』と思って＞、遣使白於天神于時、高皇産靈尊聞之而、曰Ｂ吾所産兒、凡有２一千五百座１、其中、一兒最惡不順教養自指間漏堕者、必彼矣、宜愛而養之Ａ、此即少彦名命是也。（つかいをまだしてあまつかみのみもとにもうしたまいしときに、タカミムスビのカミきこしめして、『アがうめるミコは、すべてチイホクラあるなかに、ひとりのミコなもいとさがなくしてオシエゴトにしたがわずタナマタよりくきしは、かならずソならん。うつくしみてひたしてよ』とのりたまいき。これなもスクナヒコナのミコトこれなる）＜口語訳：天上に使いをやって報告すると、高皇産霊尊がそれを聞いて、『私の子は全部で千五百柱もいるだろうか。その中でも、とても出来の悪い子がいて、あれこれ教えても従おうとせず、ついには私の手指の間から漏れこぼれてしまったが、それこそその子だろう。可愛がって育ててやってくれ』と言った。これが少彦名命である＞」とある。この「宜愛而養之」とあるのを見ると、この時はまだ幼少だったのかも知れない。○汝と指していったのは、この時に大国主神も共に天上へ上ったのだろうか。しかし書紀のように他の者を使いとしてやったとしても、そう言ってもおかしくはない。○兄弟。ここも「あにおと」と読む。○「作＝堅２其國１（そのくにつくりかためてよ）」とは、天地初発の時に、五柱の天神が詔して、伊邪那岐・伊邪那美の神に「このただよえる国を修理固成（つくりかためな）せ」と、天の沼矛（あめのぬぼこ）を与えた。その後黄泉の段で、「私とあなたとで作った国は、まだ作り終わっていないではないか云々」とある、その作り終えていないところを作り固めて、その業を終えよということである。ここでこのように少名毘古那を副神として助けさせたのは、天之沼矛を与えたのと同様で、何か深い理由があるのだろう。「其國」とは、天上からこの国を見て言っている。【上に引用した天神の言葉で「この」と言っているのは、当時はまだ天地の距離がさほど遠くなかったので、天神は地上を目の当たりに見ていたのである。】次には「この国」とあるのと、その違いを考えるべきである。○「作＝堅２此國１（このくにをつくりかためたまいき）」。書紀には「夫大己貴命與少彦名命、戮力一心經營天下（かのオオナムチのミコトとスクナヒコナのミコトは、あいならびてアメノシタをつくりたまいき）云々」とあり、出雲国風土記には「飯石郡の多禰郷は、天下を造った大神、大穴持命と須久奈比古（すくなひこ）命が天下を巡ったとき、稲種がここに落ちた。そのため多禰（たね）という」とある。続日本後紀十九の、興福寺の僧の長歌に「日本乃、野馬臺能國遠、賀美侶伎能、宿那毘古那我、葦菅遠、殖生志津々、國固米、造介牟與理（ひのもとの、やまとのくにを、かみろぎの、すくなびこなが、あしすげを、うえおうしつつ、くにかため、つくりけんより）云々」とあり、万葉巻七【二十三丁】（１２４７）に「大穴道、少御神、作、妹勢能山、見吉（おおなむち、すくなみかみの、つくらせる、いもせのやまを、みらくしえしも）」、巻六【二十三丁】（９６３）に「大汝小彦名能神社者、名著始鷄目、名耳乎名兒山跡負而（おおなむじスクナビコナのカミこそは、なづけそめけん、なのみをナゴヤマとおいて）云々」、巻十八【二十五丁】（４１０６）に「於保奈牟知須久奈比古奈野神代欲里、伊比都藝家良志（おおなむちスクナヒコナのかみよより、いいつぎけらし）云々」などのように言い伝えたのも、みな天下を造った功績があるからである。万葉巻三【三十三丁】（３５５）に「大汝小彦名乃將座、志都乃石室者幾代將経（おおなむじスクナヒコナのいましけん、しずのいわやはイクヨへにけん）」、同巻【二十五丁】（３０７）に「皮爲酢寸久米能若子我伊座家留、三穂乃石室者雖見不飽鴨（はたすすきクメのワクゴがいましける、ミホのいわやはみれどあかぬかも）」、この二首は、三穂の石室と志都の石室を取り違えた歌で、【その理由は、下巻、穴穂の宮（安康天皇）の段で詳しく言う。久米の若子がいるのは、播磨の志都の石室である。】この二柱の神のいるのは、三穂の石室であり、それは紀伊の国にある。【総じて出雲と紀伊は相通じる点が多いことは、まえに大屋毘古の神のところでも言った通りだが、この三穂も出雲の美保から移った名で、由縁があるのだろう。後で引く伯耆国風土記の粟島も、紀伊國名草郡の加太神社を粟島と言うのと、関係がありそうに聞こえる。】然後者（さてのちには）は、国造りがすっかり終わった後に、と言ったように聞こえるが、次には「大国主神は愁いて、『私一人でどうしてこの国を造ることができよう』と言った」とあるのを見ると、そうではない。まだ造っている途中のことだったのが、その初めには相並んで造っていたのに、後の方になると、という意味である。○常世の國。一般に、上代に「常世」と言ったのには、三通りある。一つは常世の長鳴鳥、常世の思兼神などの常世で、それらが常夜の意であることは、既【伝八の廿二葉】に言った通りである。二つ目には、下巻大長谷の天皇（雄略天皇）の歌に「麻比須流袁美那、登許余爾母加母（まいするおみな、とこよにもかも）」、書紀の垂仁の巻に「伊勢の国は、常世の重浪歸國（しきなみよるくに）」、顕宗の巻、室壽（むろほぎ）の詞に「拍上（うちあ）げ賜うわが常世たち」、万葉巻一【二十二丁】（５０）に「我國者常世爾成牟（わがくにはとこよにならん）」、などである。これらは文字通り、「常」とは永遠不変であることを言う。三つ目は常世の国という、この言葉である。これら三つは、言葉は同じでも意味はそれぞれ違っていて、互いに関係がない。【これらを同じ意味と思うのは、字が同じなのに惑わされて、意味を深く考えていないからである。言葉が同じだから、文字を相通わせ借りて、常世と書いたのである。】ところで、常世の国というのは、そう名付けられた一つの国があるというものではない。ただどこであれ、この皇国を遙かに離れ、往還の容易でないところを広く言う言葉である。したがって、【常世は借字であって】名の意味は「底依り国」で、単に絶遠の国であることを言う。【いにしえには「そこ」を「とこ」と通用させたこと、また「そこ」とは単に下の方を言うのでなく、四方上下どの方向でも、遠くの極みを言うこと、また万葉（５５３）で「天雲之遠隔乃極遠鷄跡裳（あまぐものソキヘのきわみとおけども）」などという「そきへ」も同じであることは、すべて前に天之常立神のところ、伝三の二十九葉で述べた。考え合わせよ。】一般に、上代に常世の国と言ったのは、みなこの意味であって、他にはない。上巻末に「御毛沼命（みけぬのみこと）は、波の穂を踏んで、常世の国に渡り住んだ。中巻、玉垣の宮（垂仁天皇）の段で、「多遲摩毛理（たじまもり）を常世の国に遣わして、登伎士玖能迦玖能木實（ときじくのかくのこのみ）を求めさせた」とあり、またよく歌で雁の帰って行くところを言うなど、すべてこの意味である。【後世には、人が死ぬことを「常世の国に行く」と表現することがある。これは極めて遠いところで、音信もなく、往来することもできないことから、上記の意味を転じて使っているのだ。万葉巻四（７２３）に「常呼二跡吾行莫國（とこよにとわがゆかなくに）云々」、巻九（１８０４）に「遠津國黄泉乃界丹（とおつくによみのさかいに）云々」、書紀の大長谷天皇（雄略天皇）の遺詔に「病（やまい）彌留（あつし）れて、大漸（とこつくに）に至らむとは思はざりき（病がいよいよ重くなり、ついに世を去ることになるとは思わなかった）」などはその例である。「大漸」を「とこつくに」と読むのは、字の意味からは外れているが、訓は死んで後、「常世の国」に行くことを意味する。しかしまた、人でも何でも、とこしえに不変不滅で、万事がめでたい国を「常世の国」と表現することもある。「蓬莱」というところも、海路を遙かに隔てて、たどり着くことが困難なところと言うから、わが国のいわゆる常世の国に似ているし、また永遠不変であることを「とこよ」と言うこともあって、その名も合う。そうした理由全般から付会したものである。だが後世の人々は、「常世」の文字の意味にこだわって、また漢籍の蓬莱などのことばかり考えて、上代のことは深く考えようともしないので、不変不死だけを常世の本義と思っているのは、誤りである。不変不死の意味に言うのは、万葉巻四（６５０）の「吾妹兒者常世國爾住家良思、昔見従變若益爾家利（わぎもこはとこよのくににすみけらし、むかしみしよりわかえましにけり）」、巻五（８６５）の「等己與能久爾能阿麻越等賣可忘（とこよのくにのあまおとめかも）」、巻九（１７４０）の水ノ江の浦の島子を詠んだ歌、「常代爾至（とこよにいたり）・・・老目不為死不為而、永世爾有家留物乎（おいもせずしにもせずして、ながきよにありけるものを）云々」などがその例だ。書紀の雄略の巻に、この浦の島子のことが書かれているのは疑わしい上、「蓬莱山（とこよのくに）」などと言うのは、書紀の癖として、万事漢籍を真似て書いたものなので、間違ってもこの文に惑わされて、常世の国を蓬莱山だなどと思ってはならない。垂仁の巻で、かの田道間守（たじまもり）の言葉に「この常世の国はすなわち神仙の秘区云々」とあるのは、後世の漢籍の蓬莱などのことを考えて添えた潤色の文であり、上代の言などではない。およそ書紀はこうした書き方をすることで、いにしえの心を失った部分が、数知れず存在する。】書紀には、「その後、少彦名命は熊野の岬に到ったとき、ついに常世の国に渡った。また、淡嶋に到って粟の茎によじ登り、弾かれて常世の国に渡ってしまったとも言う。」とあり、伯耆国風土記に「相見郡の郡家の西北に餘部（あまりべ）の里がある。粟嶋があり、少日子命が粟を播くとよく実った。そこで粟によじ登ったとき、弾かれて常世の国に渡ってしまった。それで粟嶋という。」とある。三代実録三十七に、石見國常世國社の神というのが見える。文徳実録八にも、齋衡三年十二月庚午朔戊戌、常陸國から次のように報告があった。「鹿嶋郡の大洗の磯の前（さき）に、神が新たに降った。初め、海水を煮て塩を造る民が、夜半に海を見ていると、光輝が天に着き、次の朝、二つの怪石があった。水辺に現に見え、高さは一尺ほど、神が造ったような形で、人間が造ったものではなかった。塩作りの翁たちは、これをそれぞれ個人的に見ただけで去ったが、翌日にはまた二十あまりの小石が現れた。前の石の左右にあり、あたかも侍っているようだった。色は普通でなく、あるものは沙門（修行僧）の姿で、耳目はなかった。時に神が人に憑いて、『私たちは大奈母知（おおなもち）、少比古奈（すくなひこな）の命である。昔この国を造り終え、東海に去ったのだが、今また民を救うために帰ってきた』と告げた」という出来事があった。【同書に、「天安元年八月、常陸の国にある大洗磯前、酒列磯前の神たちを官社とした」とあるのは、上記の神石を祀っているのだろう。この両神を「薬師菩薩名神」と名付けたという記事もある。延喜式神名帳に、両社ともに名神大とある。酒列磯前神社は、那賀郡に属する。谷川氏いわく、「薬師」は「くすし」と読むべきである。薬師という名から、菩薩の号も付いたのだろう。】上記のように、常世の国とは、どこであれ遠く海の彼方にある国なので、皇国以外は、万国みな常世の國である。つまりこの少名毘古那命は、御祖神産巣日神の指の間から漏れた神で、この文から察すると、しばらくは行方不明になっていたらしい。それは、この葦原の中つ国に留まることなく、外国に行ってしまったからである。【「くき」に「漏」の字を書き、書紀には「漏堕」という「堕（おちる）」もこの意味で書かれたのである。前に大穴牟遲命の受難で「木の俣から漏（くき）逃れた」とあったのを思え。】ところがこの段で、海から依り来たったとあるのは、外国から渡ってきたのであり、「常世の國に渡った」というのは、また外国に行ったのである。息長帯比賣の命の歌に「常世にいます」とあるからには、後世まで外国にいるのだ。とすると、この神は、御祖（みおや）の神の指の間から漏れて天降った後、長く外国にいた。その間にしばらく皇国に渡ってきたこともあるということだ。この意味合いでよく考えると、外国【三国、漢、天竺、その他の万国も】はみなもともと、この神が経営堅成（つくりかため）たのだろう。【諸外国の初めは、みな書紀に「潮の沫（あわ）の凝り固まったもの」とある。そのうちに含まれるだろう。このことは既に伝五で述べた。その後、少名毘古那神が天降って、諸外国を造ったのだろう。その早い遅い、優劣などの違いこそあれ、この神が造ったのでない国はあるはずがない。それを人の命の長さから代々を推測すると、万国をこの神の造ったものとすれば時代が合わないと思う人もあるだろうが、そうではない。神代の命の長さ、年数は非常に長いものなので、この神は漢の国でいう伏羲（ふっき）などより、遙かに古い時代の存在だ。万国みなこれに準じて、疑うべきではない。また須佐之男命が新羅に降った話があるが、そのときはまだ国が出来上がっていなかったのではないだろうか。諸外国には、神代の正しい言い伝えがないので、この少名毘古那神が天降って国を造ったことを、おぼろげにも知らない国もあり、またその国によって別の名で伝えた国々もあって、その御霊を後まで祀っている国があっても、また違った名前になっているので、どの国も正しいことは知らないでいる。そもそも、ここでこういうことを聞いた人は、どう思うだろう。千年余りの間、外国の説ばかり聞き慣れて、心の底に染みついた世の人々ならば、すべてを信じる人もそういないだろうが、そういう人々はどうあれ、皇国の学問をする人は、このことをよく心得るべきである。】その結果、後世に至り、その諸外国から種々のものが渡ってきて、それを利用することも多いのは、この神がしばらく渡ってきて大穴牟遲神を助け、国を経営したことと符合する。非常に深い摂理が働いているのだろう。【そのため、外国から渡ってきたものが皇国の助けとなり、宝となることもある。もちろん害になったこともある。これもまたそうあるべき自然の理である。少名毘古那神は。書紀に「一兒最惡、不順教養（ひとりのミコいとさがなくして、おしえにしたがわず）」とあるように、はじめは悪神だったから、この神が造った外国は、本来悪いことが多い。しかし悪から善が生まれる摂理も思うべきである。】○顯白（あらわしもうせりし）は、誰も知らなかったのを明らかにすることだ。後の段で「この御前に立って仕えた猿（正字はけものへん＋爰）田比古大神の正体を一人で顕わしたお前（天宇受賣命）がお送りせよ」とある。○山田之曾富騰（やまだのそおど）。この文について考えると、当時「久延毘古（くえびこ）」と言ったのは、今の世に至るまで「山田之曾富騰」として存在する。つまり「久延毘古＝山田之曾富騰」である。この曾富騰は、後の歌で「ソホヅ（そおず）」というもので、清輔朝臣の奥義抄によると、田に驚かしに立てておく人形（かかし）であるという。【師は「山田」を地名だろうと言ったが、それは「曾富騰」をそこに鎮座する神の名と考えたからである。しかしこの語について考えると、そうは思えない。普通の神の名なら、「山田に坐（ま）す曾富騰の神」と書いてあるはずだ。またある説に、後の歌に出る「山田のそおず」というのは、ここで「足雖２不行１（あしはゆかざれども）」とあるので、この神になぞらえて（一本足の案山子に）付けた名である、というのもよくない。】古今集（１０２７）に「足引の山田の曾富豆己さへ、我をほしと云ふうれはしきこと」、また後撰集（２６８）に「明暮し守るたのみをからせつつ、袂そほづの身とぞなりぬる」、拾遺集【長歌】（９９９）に、「小山田を人に任せて我は唯、袂そほどに身をなして云々」、曾禰の好忠集（５０４）には「山田守（もる）そほづも今はながめすな、舟屋形よりほさき見ゆめり」などと詠んでいる。【続古今集に、僧都玄賓の「山田守（もる）そほづの身こそあはれなれ、秋はてぬれば問ふひともなし」、この歌で、「そほづ」は僧都から名付けたものと思うのは、いにしえを知らぬ誤りである。】名の意味は、ある人が雨露に濡れそぼって立っているからだと言った。【「添水（そうず）」の意味だなどと言うのは取るに足りない。】今思うと、「そほづ」と言うのは後のことであって、もとは「そほど」だったのだから、「そほぢ人」ではあるまいか。【「ぢびと」を縮めれば「ど」になる。】「そほぢ」という言葉は、書紀武烈の巻の影媛の歌に「なきそほぢ」とある。【後の歌にも多い。】山田は山の田である。下巻軽太子の歌に「夜麻陀遠豆久理（やまだをつくり）」とある。「久延毘古」という名は、月日と共に雨露に打たれ、風に吹き破られて、その身が壊れ損なわれた意味ではないだろうか。「崩れ」を「くえ」と言うのは古言である。万葉巻十四【六丁】（３３６５）の「伊波久叡乃（いわくえの）」、巻三【四十九丁】（４３７）の「河岸之妹我可悔（かわぎしのいもがくゆべき）」【河岸が「崩ゆ」というのに掛けている。】書紀仁徳の巻の歌に、「以播區ヤ（女＋耶）輸（いわくやす）」【「岩崩す」である。】などの例がある。○此神者（このカミは）云々。およそいにしえは禽獣は言うまでもなく、生き物でない雑物まで霊が宿るものはみな神と言ったので、この曾富騰も神と言っているのは、怪しむべきでない。【「この神」というので、山田の案山子ではないだろうと疑う人もいるだろうが、「いわゆる」という言葉を置いていることからも、普通の神でないことは明らかだ。】○「足雖２不行１（あしはあるかねども）」というのは、この案山子は作って立てておくと、どこへも歩いて行かないことを言う。○「盡レ知２天下之事１（ことごとにあめのしたのことをしる）」、これはどういう訳か測り知ることができないが、敢えて言えば、書紀のこの段で、大穴牟遲神は、己の大きな功績に少し傲慢になっていたようなところがある。しかし、自分一人の力では、功業を終えることはできなかった。ところがこの山田の曾富騰は、単に人の形をしているだけで、人がするようなこともできず、足も歩くことができず、その状態は醜く賤しいものの極みである。それなのに、彼こそは天下のことをすべて知っていて、ここで少名毘古那神の正体を顕わしたことにより、大穴牟遲神は彼と相並んで功業を成し終えることができた。とすると、自分に大きな功績があっても、必ずしも誇りとはできず、容貌が見苦しく賤しい者であっても、必ずしも侮るべきでないという意味か。【「足雖２不行」というのは、いながらにして天下のことを知るという意味なのだが、大穴牟遲命が天下を廻ったことに対して、その逆を言った意味もあるだろう。】この久延毘古の故事を見ただけでも、漢籍の小賢しさとは遙かに隔たっており、わが国の伝えがまっすぐで平易であることが分かり、たいへん貴い書である。【書紀でこうした故事を省いているのは、漢意から遠いためであろう。】