故此大國主�~。娶Ｂ坐２胸形奧津宮１�~多紀理毘賣命Ａ生子。阿遲＜二字以レ音＞スキ（金＋且）高日子根�~。次妹高比賣命。亦名下光比賣命。此之阿遲スキ（金＋且）高日子根�~者。今謂２迦毛大御�~１者也。

訓読：かれこのオオクニヌシのカミ、ムナカタのオキツミヤにますかみタキリビメのミコトにみあいしてウミませるミコ、アジシキタカヒコネのカミ。つぎにいもタカヒメのミコト。またのミナはシタテルヒメのミコト。このアジシキタカヒコネのカミは、いまカモのオオミカミともうすカミなり。

口語訳：この大国主神が、宗像の奥津宮にいる神、多紀理毘賣命を娶って生んだ子は、阿遲スキ（金＋且）高日子根神、次にその妹高比賣命、またの名は下光比賣命である。この阿遲スキ（金＋且）高日子根神は、今迦毛の大御神という。

大國主�~亦娶２�~屋楯比賣命１生子。事代主�~。亦娶２八嶋牟遲能�~＜自レ牟下三字以レ音＞之女鳥耳�~１生子。鳥鳴海�~。＜訓レ鳴云２那留１＞此�~娶２日名照額田毘道男伊許知邇�~１＜田下毘又自レ伊下至レ邇皆以レ音＞生子。國忍富�~。此�~娶２葦那陀迦�~＜自レ那下三字以レ音＞亦名八河江比賣１生子。速甕之多氣佐波夜遲奴美�~。＜自多下八字以音＞此�~娶２天之甕主�~之女前玉比賣１生子。甕主日子�~。此�~娶２淤加美�~之女比那良志毘賣１＜此�~名以レ音＞生子。多比理岐志麻流美�~。＜此�~名以レ音＞此�~娶２比比羅木之其花麻豆美�~＜木上三字花下三字以レ音＞之女活玉前玉比賣�~１生子。美呂浪�~。＜美呂二字以レ音＞此�~娶２敷山主�~之女青沼馬沼押比賣１生子。布忍富鳥鳴海�~。此�~娶レ若晝女�~１生子。天日腹大科度美�~。＜度美二字以レ音＞此�~娶２天狹霧�~之女遠津待根１�~生子。遠津山岬多良斯�~。右件自２八嶋士奴美�~１以下。遠津山岬帶�~以前。稱２十七世�~１。

訓読：オオクニヌシのカミまたカムヤタテヒメのミコトにミアイてウミませるミコ、コトシロヌシのカミ。またヤシマムジのカミのむすめトリミミのカミにミアイてウミませるミコ、トリナルミのカミ。このカミ、ヒナテリヌカタビチオイコチニのカミにミアイてウミませるミコ、クニオシトミのカミ。このカミ、アシナダカのカミ、またのなはヤカワエヒメにミアイてウミませるミコ、ハヤミカのタケサワヤジヌミのカミ。このカミ、アメのミカヌシのカミのむすめサキタマヒメにミアイてウミませるミコ、ミカヌシヒコのカミ。このカミ、オカミのカミのむすめヒナラシビメにミアイてウミませるミコ、タヒリキシマルミのカミ。このカミ、ヒイラギのソノハナマヅミのカミのむすめイクタマサキタマヒメのカミにミアイてウミませるミコ、ミロナミのカミ。このカミ、シキヤマヌシのカミのむすめアオヌマヌオシヒメにミアイてウミませるミコ、ヌノシトミトリナルミのカミ。このカミ、ワカヒルメのカミにミアイてウミませるミコ、アメのヒバラオオシナドミのカミ。このカミ、アメのサギリのカミのむすめトオツマチネのカミにミアイてウミませるミコ、トオツヤマザキタラシのカミ。ミギのクダリ、ヤシマジヌミのカミよりシモ、トオツヤマザキタラシのカミまで、とおまりななつよのカミという。

口語訳：大国主神が、また神屋楯比賣命を娶って生んだ子が事代主神である。また八嶋牟遲能神の娘、鳥耳神を娶って生んだ子が鳥鳴海神＜鳴は「なる」と読む＞この神が日名照額田毘道男伊許知邇神を娶って生んだ子は國忍富神。この神が葦那陀迦神、またの名は八河江比賣を娶って生んだ子は速甕之多氣佐波夜遲奴美神である。この神が天之甕主神の娘、前玉比賣を娶って生んだ子は甕主日子神である。この神が淤加美神の娘、比那良志毘賣を娶って生んだ子は多比理岐志麻流美神である。この神が比比羅木之其花麻豆美神の娘、活玉前玉比賣神を娶って生んだ子は美呂浪神である。この神が敷山主神の娘、青沼馬沼押比賣を娶って生んだ子は布忍富鳥鳴海神である。この神が若晝女神を娶って生んだ子は天日腹大科度美神である。この神が天狹霧神の娘、遠津待根神を娶って生んだ子は遠津山岬多良斯神である。このくだり、八嶋士奴美神から遠津山岬帶神まで、十七世の神という。

神屋楯比賣（かむやたてひめ）は、どの神の娘か分からない。名の意味も定かでない。あるいは屋楯は禰高照（いやたかてり）の省かれた形かも知れない。【旧事紀には、事代主神の同母妹に「高照姫の大神の命」がいる、拠り所があって言うのだろう。御母と娘の名が似ていることはよくある。】または、楯というのは、明の宮（應神天皇）の段の歌に、乙女を賞めて「宇斯呂傳波、袁陀弖呂迦毛（うしろでは、おだてろかも）」と言うように、姿を賞めたのだろうか。旧事紀では、ここを「次に邊津宮（へつみや）に坐（ま）す高津姫を娶って、一男一女を生んだ。御子は都味齒八重事代主神（つみばやえことしろぬしのかみ）云々」とある。【邊津宮は宗像の邊津宮である。】高津姫は、つまり多岐都（たぎつ）比賣である。これは別に拠り所があって書いたのだろうか。【阿波国勝浦郡に事代主神社と建嶋女祖命（たけしまめおやのみこと）神社がある。関連がありそうに思われるので挙げておく。】これはこの記の伝えと全く違うのか。それとも神屋楯比賣は、多岐都比賣の別の名なのかも知れない。○事代主神。後の文には八重事代主神とも書かれている。新撰姓氏録には積羽八重事代主神（つみばやえことしろぬしのかみ）とも書かれている。【旧事紀にも、上記のように書かれている。】延喜式神名帳には「都波（つば）八重」とある。名の意味は、師（賀茂真淵）が出雲国造の神賀詞を解いていわく、『「神の禮自利（いやじり）」は他の祝詞に「禮代」とあるのと同じ言葉で、【したがって禮代も「いやじり」と読む。】「り」は「るし」が縮まった言葉だから、「禮（いや）のしるし」ということである。書紀で物實を「ものしろ」と読んでいるが、これと同じである』と言った通りで、事代は「事のしるし」である。こう名付けた理由は、後の文で「この神は船を踏み傾け、青柴垣（あおふしがき）に天逆手（あまのさかで）を打って隠れた」とあるように、天下を皇孫に譲って隠れたという事のしるしである。【後に讃えて付けた名を、前に溯って伝えた例は他にも多く、このこと以前に、この名を大国主神が言ったことになっていても差し支えはない。】「つみばやえ」と言うのは、この青柴の葉を八重（禰重：いやえ）に積み上げて垣としたのを言う。書紀には、そのまま「八重の蒼柴籬（あおふしがき）」と書いてある。また考えるに、代（しろ）は領（しろ）の意味でもあるだろうか。ところで、上記の迦毛大御神についての記述からすると、この神こそその鎮座する社を書くべきだと思われるが、それを書いてないのはなぜだろうか。その社を考察すると、まず出雲国造の神賀詞に【上記、迦毛大神のところで引いた文の続き】「事代主命能御魂乎、宇奈提爾坐（ことしろぬしのみことのみたまを、ウナデにまさせ）云々」とあるのは、和名抄の「大和國高市郡の雲梯【うなて】郷」がある。【今も雲梯（うなで）村がある。】万葉巻七【三十三丁】（１３４４）に「眞鳥住卯名手之神社之（まとりすむウナデのもりの）云々」、巻十二【二十八丁】（３１００）に「不想乎想常云者、眞鳥住卯名手乃杜之神思將御知（おもわぬをおもうといわば、まとりすむウナデのもりのカミししらさん）」【この「卯名手乃杜」を美作の国のこととする説は根拠がない。】などとある神社のことと思われる。【ところが、延喜式神名帳にこの神社が載っていないのは不思議である。このことは、師も疑っていた。また例の神賀詞の続きに、「賀夜奈流美命能御魂乎、飛鳥乃神奈備爾坐天（かやなるみのみことのみたまを、あすかのかみなびにまさせて）」とあるのも、延喜式には高市郡に加夜奈留美命神社というのがあるが、飛鳥神社とは別であり、これもいぶかしいことである。そこであれこれ考えて、神賀詞の文は、「事代主命能御魂乎、飛鳥乃神奈備爾坐、賀夜奈流美命能御魂乎、宇奈提爾坐天（ことしろぬしのみことのみたまを、あすかのかみなびにまさせ、かやなるみのみことのみたまを、うなでにまさせて）」とあるべきところが、紛れて誤ったものだろう。というのは、飛鳥神社が事代主命の社で、加夜奈留美命神社は雲梯村にあると、今その国人も言っている。弘仁十三年四月の官符に「賀屋鳴比女（かやなるひめ）の社」とあるのは、間違いなくこの神社と思われるが、これは飛鳥の神の裔神とされている。それが神賀詞の通りだとすると、賀夜奈流美命は即ち飛鳥の神であるから、裔神のはずはない。ある書物で、延喜式の加夜奈留美命神社は、今「栢（かや）の森」村にあると言っているのは、確かな証拠がない。これは、その村が飛鳥に近く、また名前も似ているので、神賀詞と合わせて推量で書いたものだろう。】ところで延喜式神名帳には、高市郡に飛鳥坐（あすかにいます）神社四座が載っていて、【並名神大、月次・相嘗・新嘗】これが事代主神を主祭神としている。【書紀の雄略の巻に、「天皇は小子部スガル（螺・なめくじ＜羸の下部中央の羊を虫に置き換えた字＞）に『私は三諸の岳の神の姿を見たい』と言った。ある説では、三諸の大物代主（おおものしろぬし）神という。云々」とある。このことは日本霊異記にも出ていて、三諸の山は飛鳥の神奈備山と言われたところである。三輪山も三諸山と呼ぶが、これは違う。混同してはいけない。万葉巻三の山部赤人が神岳に登ったときの歌、また巻十三の長歌などに、「三諸の神奈備山」、「神奈備の三諸山」などとあるのは、みなこの飛鳥の神奈備である。この山を神岳、雷の岳とも言って、いまも雷（いかづち）村というところが飛鳥川に沿って存在し、小山もある。飛鳥の社は、もとはそこにあった。ところが日本紀略に、「天長六年三月己丑、大和國高市郡賀美郷の甘南備（かんなび）山の飛鳥の社を、神の託宣によって同郡同郷の鳥形山に遷した」とあるので、今の社の地はこの鳥形山である。】また高市郡に高市縣坐（たけちのみあがたにます）鴨事代主神社【大、月次・新嘗】というのがある。【これは今の高殿村というところにあり、大宮と称している。天香山のすこし西である。貞観九年正月に、従一位を授けたと、三代実録二に見える。書紀の天武の巻に、「高市の縣主、許梅（こめ）に神が取り憑いて『私は高市の社にいる事代主神だ』と名乗った」というのは、この神である。】また葛上郡に鴨都波八重事代主神社二座【名神大、相嘗・新嘗】がある。【これは今の御所村にある。○書紀の神功の巻に「先日お教えくださった神はどちらの神でしょうか、御名乗りくださいと請うと、・・・他にもいらっしゃいますかと尋ねると、『天事代（あめことしろ）に虚事代（そらことしろ）に、玉籤入彦（たまくしいりびこ）嚴之事代主神（いずのことしろのかみ）あり』云々」とあって、その後三韓征伐に成功して帰国してから占って、・・・また事代主神が教えて、『私を御心長田國（みこころながたのくに）に祭れ』と言ったので、葉山媛の妹、長媛に祭らせた」とあるのも、この神か。長田の国は和名抄に「摂津国の八部（やたべ）郡長田」とあるところで、延喜式神名帳に長田神社、名神大、月次・相嘗・新嘗とあるのがそうである。】このように、この神を祭った神社はあちこちに多く、名高い。上記の他にも、阿波国阿波郡、また勝浦郡にも、事代主神社がある。【播磨国宍粟郡に大倭物代主（おおやまとものしろぬし）神社がある。「物」という字を「こと」と読んでも変ではないが、やはり疑わしく、これは大物主神のことかも知れない。上記の雄略紀の記事も同じ。】神祇官に坐す御巫の祭る神八座の中には、大穴牟遲神は含まれず、事代主神がいることは、【師の「祝詞考」では、この八神について、『この神は神武天皇の后、五十鈴媛の父親であった。その后の生んだ子が天津日嗣（あまつひつぎ）しろしめす。とすると万代に伝える天皇の、太祖の姫君の大御父神であるからである。それにこの神は国譲りを承知したので、その功績は比類ないことから、高魂（たかみむすび）命に次いで、八神の中に祭っているのであろう。』と言った。しかし、よく考えると、この八神は、そういう理由で祭っているのではない。もし太祖であったため、あるいは功績があったために祭るのなら、他にも祭るべき神はたくさんあるだろう。高御産日神なども、皇祖だから祭るのでなく、産霊の徳によってである。ほかの神たちからそうと分かる。皇祖だからというなら、伊邪那岐・伊邪那美の大神なども含まれているはずだろう。したがって、上記の師の説は採用できない。】この八神のうち、残りの七神は、いずれも天皇の身を護り、祝福する神である。その中で大宮賣（おおみやのめ）神は、古語拾遺では天照大神の御前に侍った神で、「その様子は今の内侍が善言・美詞をもって君臣の間を和らげ、君主の心を喜ばせるようなものである。」と書いてあるのに準じて考えれば、この事代主神は、後で父の大穴持命が「私の子百八十神が、八重事代主神の後先に着いて仕えるなら、（約束に）違う神はないでしょう」と言った、そういう意味での天皇の守り神となっているのである。【前にも引いた天武紀の、事代主神が人に憑いて「私は高市の社にいる事代主神だ。また牟狭（むさ）の社にいる神は生靈（いくむすび）の神である」と言って、「私は皇孫の命の前後に立って、不破に送っていったん還った。今また官軍の中に立って、守護するだろう」とあるのを思うべきである。この生靈神も八神の中にいる。なおこの靈の字は、書紀の今の本では雷と書いてあるが、古い本、および釈日本紀に靈とあるのが正しい。】新撰姓氏録【大和國神別】には「長柄（ながら）の首（おびと）は、天乃事代主命の子孫である」、同【和泉國神別】にも、「長公（ながのきみ）は大奈牟智（おおなむち）の神の子、積羽八重事代主命の子孫」とある。【畝尾（うねび）の連、伊與部、飛鳥直などの祖にも同名の神が見えるが、これらは天神だから別である。】○八嶋牟遲能神（やしまじのかみ）。八嶋は、前に出た八嶋士奴美神について述べたような意味か。あるいは、次に述べるような考えもある。牟遲は、大穴牟遲命の牟遲と同様である。○鳥耳神（とりみみのかみ）。鳥は地名か。その理由は次に述べる。耳は讃え名であって、よく出てくる。前に述べた。ただし女の名には滅多に例がない。珍しい。【中巻に前津耳という女の名があるが、書紀ではこれも父親の名前なので、疑わしい。この神名は、真福寺本では鳥取の神とある。鳥取なら地名か。この地名は、和名抄では国々にたくさん見える。延喜式神名帳では、伊勢國員弁郡に鴨神社、鳥取山田神社、鳥取神社、賀毛神社などがある。しかし鳥取という名は、人代になって、鳥を捕らえることから出た名と思われる。このことは、中巻垂仁の段で言う。ここの神の名としてはどうだろうか。】○鳥鳴海神は「とりなるみのかみ」と読む。【この「鳥」の字を「と」と読むのは良くない。鳥を「と」と読むのは、鳥取（ととり）、鳥羽、鳥網（となみ）、鳥塒（とぐら）など、鳥に関係した語を下に続けた言葉の場合である。しかしここでは鳴海は鳥に関係しないので、「となるみ」とは呼べない。○「鳴」の字に訓注があるのは、「なく」と読まれる恐れがあるからである。】ここで鳥というのは、母の名と同じく地名だろうか。和名抄では、大和國葛上郡に上鳥、下鳥という地名が見える。これであれば、外祖父の八嶋牟遲は、和名抄に添上郡八嶋郷があるので、そこにいた鳥耳の神が上記の鳥の郷に住み、この神はそこで生まれたのかも知れない。「鳴海」【借字】は「成る耳」であって、讃え名であろう。【「耳」は、「見」とも通うことは、忍穂耳命のところで述べた。】延喜式神名帳によると、尾張國愛智郡に成海神社【和名抄に、成海（なるみ）という地名もある。】がある。かの賀夜奈流美命とこの神は、別だろうか。または賀夜も大和の地名などで、この神のまたの名だろうか。もしまたの名であれば、備中國の賀夜郡、但馬國氣多郡の賀楊【かや】郷などにも関係があるかと思われる点がある。次に言う。○この段には、「〜の神の娘〜の神を娶って生んだ子は建御名方の神」という記事があるはずだが、それがないのは、脱落したのだろうか。後の文によると、この神は事代主神に次いで力もある神だったように思われるので、ここに挙げておくべき名である。○日名照額田毘道男伊許知邇神（ひなてりぬかたびちおいこちにのかみ）。日名照は前に出た武比良鳥命が書紀には武日照命ともある日照と同じである。このことは既に【伝七の六十六葉】述べた。延喜式神名帳には、出雲國神門郡に比奈神社、隠岐國知夫（ちぶり）郡に日奈麻治比賣（ひなまじひめ）命神社がある。額田は国々にたくさんあるが、大和では書紀の顕宗の巻に山邊郡額田邑がある。和名抄には、平群郡に額田【ぬかた】がある。河内國河内郡にもある。また賀夜奈流美を鳥鳴海の一名だとして、前記備中國の賀夜郡に関係するとすれば、同国の哲多（てた）郡にも額部【ぬかたべ】がある。毘道（ひじ）は、前述但馬の賀楊に関連づけて考えると、同国出石郡に比遲神社がある。【伊賀國伊賀郡に比地神社、伊勢國多氣郡にも火地（ひち）神社、もある。また播磨國宍粟郡に比地という郷名もある。】伊許知邇（いこちに）という名は、何も思いつかない。ここには「男」の字があるので、男神に違いないと思われ、あるいはこの「男」の下に「神之女」が脱けているのだろうか。【ただし、訓注が一つになっている（「田毘および伊から邇まで、みな音で読め」とある）ので、これは後で写したときに落としたのでなく、稗田阿禮が最初に暗誦したときからこうなっていたのだろう。】または、最後の「神」の下に「之女〜神」という句が脱けているのだろうか。○國忍富神（くにおしとみのかみ）。「忍」は、前に天之忍許呂別命のところ【伝五の八葉】で述べた。「富」は讃え名で、例が多い。建御名方も、延喜式では南方刀美（みなかたとみ）神とある。出雲国風土記には、須佐能烏命の御子、國忍別命という名も見える。○葦那陀迦神（あしなだかのかみ）。延喜式神名帳に、備中國窪屋郡に足高神社があり、備後國に葦田郡がある。但馬國氣多郡に葦田神社がある。これらは、上記の神に関連がありそうなので挙げておく。○八河江比賣（やがわえひめ）。明の宮（應神天皇）の段にも同名がある。名の意味は字の通りだろう。いろいろな祝詞に「伊加志夜久波叡能如久、仕奉利佐加叡志米（いかしヤグワエのごとく、つかえまつりさかえしめ）」という言葉がある。これを師の説では、『「夜久波叡」は「禰木榮（いやこはえ）」である。いやが上にも木が生い茂り栄えるのを「林（はやし）」とも「はえ」とも言う。遠江の人が木や草の孫枝が生えたのを「やごばえ」と言うのもこれである』と言ったが、これも「やくはえ」の意味の讃え名だろうか。「く」と「か」は通音である。【延佳本に、「江」は一本に「沼」とある、と書いているが、それは良くないであろう。】三代実録の卅一に、常陸國河江の神というのが見える。○速甕之多氣佐波夜遲奴美神（ハヤミカタケサハヤジヌミのカミ）。速も甕も讃え名で、例が多い。【甕（みか）は建御雷之男（たけみかづちのお）の神のところで述べたように、「厳（いか）」と通う。】多氣は「建（たけ）」で、「佐波夜」は地名などであろうか。遲は彦舅（ひこじ）などの遲で、例も多い。【既述】「奴美」は前に出た八嶋士奴美の「ぬみ」と同じ。延喜式神名帳に、備後國安那郡の多祁伊奈太伎佐夜布都（たけいなだきさやふつ）神社が出ている。【これは「たけ」と「さや」の語が似ているので挙げて於いた。】○天之甕主神（あめのみかぬしのかみ）。これは特に何ということもない讃え名である。○前玉比賣（さきたまひめ）。これは書紀のいわゆる幸魂【これを「さきみたま」と読む。】だろうか。【幸魂のことは、後で言う。和名抄では、「幸魂、俗に『さきたま』と言う」とある。】また幸をもたらす力のある宝玉を言うのかも知れない。敏達紀に「幸玉の宮」、【これは皇宮の号である。】延喜式神名帳に、伊豆國賀茂郡、佐伎多麻比�刀iさきたまひめ）神社、また武蔵國埼玉郡、前玉（さきたま）神社二座がある。【同郡に埼玉郷もある。和名抄では郡も郷も「さいたま」とあるが、「き」を「い」と言うのは後世のことで、例は多い。万葉巻十四（３３８０）にも「佐吉多萬能津（さきたまのつ）」とある。】○甕主日子神（みかぬしひこのかみ）。外祖父の名によっている。○淤加美神（おかみのかみ）は前に出ていて、龍神である。それなのに、その娘というのは、大三輪の神が麗しい男になって人間の娘に通ったように、龍神が男の姿になって人間の女に生ませた子である。【前に出た淤加美神の娘、日河比賣もこれと同じ。】淤加美神社は諸国に数多いので、どこの神かを決定することはできない。○比那良志毘賣（ひならしびめ）。延喜式神名帳には、出雲國神門郡に比那神社がある。良志は「たらし」の上を略したものだろうか。隠岐國知夫郡にも比奈麻治比賣（ひなまじひめ）命神社がある。【「らし」と「まじ」は横に通うので、あるいはこの神だろうか。海中を航行する者は、この神の霊験を蒙ることが多いと、類聚国史の延暦十八年五月の記事に出ている。＜訳者註：遣渤海使が帰国の途次、暗夜で方向を見失ったが、この神の社付近に光が見えて助かったことを指す＞これは竜神の娘だから、海を渡る者を護るのかも知れない。】○多比理岐志麻流美神（たひりきしまるみのかみ）。延喜式神名帳に、備後國品治郡の多理比理（たりひり）神社【同国の甲奴郡に意加美（おかみ）神社、惠蘇郡に多加意加美（たかおかみ）神社がある。】が載っている。出雲国風土記に「飯石郡來嶋郷には、伎自麻都美（きじまつみ）命がいる。そのため『きじま』という」とあるのは、この神だろう。【延喜式神名帳には、安房國安房郡、安房坐（あわにます）神社の次に、后神の太比理刀�刀iたひりとめ）命神社がある。しかしこれは女神である。延喜式の今の本では、この「太」の字を「天」に、また「刀」の字を「乃」に誤っている。ここに引いたのは文徳実録の記事による。】○比比羅木之其花麻豆美神（ひいらぎのそのはなまずみのかみ）。比比羅木のことは、中巻日代の宮（景行天皇）の段で説明する。この「比比羅木之」は、「薦枕（こもまくら）高御産栖日（たかみむすび）神」【三代実録】や「天疎（あまざかる）向津媛（むかつびめ）命」【日本書紀】といったたぐいで、枕詞に置いたものと思われる。其花は誤字ではないだろうか。神の名としては違和感がある。【「比比羅木」からの続き具合も疑問である。】さらに検討が必要だ。麻豆美は、上記の「伎自麻都美」と同言であるから、同じ神かも知れない。【ある説に、「ひいらぎは、長い年月を経なければ花が咲かないものなので、『貧見（まずみ）』と言う。見ることが乏しいからである。たそがれ時を、俗に『まずみどき』と言うのも、暗くなって物が見えにくい意味で、ここと同じだ」という。この説はあまりいいと思えない。】○活玉前玉比賣神（いくたまさきたまひめのかみ）。活玉は生御霊の意味か。延喜式神名帳には、攝津國東生（ひがしなり）郡に、難波坐生國魂（なにわにますいくくにみたま）神社【一本に「生國咲國魂（いくくにさきくにみたま）」ともあるのは、ここの活玉前玉にぴったりである。】も、今の世では「いくたま」と呼ぶ。それとも前に出た天神の十種の神宝のうちの生玉と同じように、宝玉の意味をこめて讃えた名だろうか。前玉は上述したのと同じ。○美呂浪神（みろなみのかみ）。和名抄に、上野國佐位郡の美侶郷という地名がある。浪は借字で、「な」も「み」も例の讃え名であろう。【山城國久世郡に奈美郷があるが、これではないだろう。】○敷山主神（しきやまぬしのかみ）。延喜式神名帳には越前國今立郡に敷山神社がある。【師は志藝山津見のことと考えて、ここも「しぎやま」と読んだが、「敷」の字はやはり清音に読むべきである。】○青沼馬沼押比賣（あおぬまぬおしひめ）。「沼馬」の二字を「ぬま」と読むべきである。【「沼」の一字も「ぬま」と読むが、この字は古い書物では「ぬ」と一音に読むことが多いので、「馬」の字を添えている。この記の中巻、また神名帳でも、「沼間（ぬま）」と書いた例がある。馬の字も、音ではなく、訓を取っている。】延喜式神名帳に、武蔵國多麿郡の青渭（あおぬ）神社がある。【「渭」の字を、今の本で「い」と読んでいるのは間違いである。】和名抄には、甲斐國巨麻郡の青沼、【あおぬま】信濃國佐久郡の青沼がある。沼押は「ぬおし」と読む。【これはこの神の御子の名「布忍（ぬのし）」と同言のようなので、「ぬのし」とも読めそうだが、もしそうなら同じ字を用いるはずなのに、違った字で書いているのは、同言であっても、こちらはいにしえから「ぬおし」と読んでいたからだろう。この「沼」の字を、延佳本などで「治」と書いているのは誤りである。また師が「あおぬのぬまおし」と読んだのもよくない。】○布忍富鳥鳴海神（ぬのしとみとりなるみのかみ）。布忍は「ぬのし」と読む。【「忍」の「お」は「布」の「の」に音が含まれているので省かれる。】母神の「沼押」と同じである。和名抄に越中國射水郡の布師、【ぬのし】土佐国安藝郡の布師、【ぬのし】また河内國丹比郡にも布忍（ぬのし）の荘がある。【書紀では、景行天皇の皇子に渟熨斗（ぬのし）皇女、日本武尊の子に布忍入姫（ぬのしいりひめ）の名がある。天智紀に布師の首（おびと）という人がいる。また新撰姓氏録の左京神別に布師首が出ている。】「富」は讃え名である。鳥鳴海は、六世の祖と同じ名だが、この神も鳥の郷に関係があるのだろうか。○若晝女神（わかひるめのかみ）。書紀には「稚日女尊（わかひるめのみこと）が齋機殿（いみはたどの）で神の御服を織った」【これを旧事紀で「織女稚日姫尊は、天照大御神の妹である」と書いているのは、天照大御神の「大日レイ（靈の下が女）」という名に対して、推量でその妹と言ったのか。天照大神の妹なら、「織女」というのも不適当である。書紀口决で伊弉諾の子と言っているのは、旧事紀を根拠としているのだろう。だたし書紀で「尊」の字を書き、また「日女（ひるめ）」という名であることなど、どういう訳かよく分からない。書紀神功の巻には、「また稚日女尊は教えていわく、『私は活田の長狹國に住みたい』と言った」とある。】とあるが、ここに出るのはその神とは別だろう。【織女稚日姫尊は、その頃既に世を去っている。それでも強いて同神とするなら、その御霊がどこかに鎮まっていたのが、ここで現身の乙女となって婚姻したのだろうか。】そうなると、「晝女（ひるめ）」という名の方が疑わしい。諸本で「晝」を「盡」と書いているのも、あながちに捨てることはできない。だがここでは一応延佳本によっておいた。○天日腹大科度美神（あめのひばらおおしなどみのかみ）。出雲国風土記の大原郡の條に日原社がある。延喜式神名帳では、丹後國加佐郡にも日原神社がある。科度美は、書紀に出ている風の神、「級長戸邊（しなとべ）」とよく似ている。【ただし「戸邊」は一般に女の名である。】また神名帳には、河内國石川郡に科長（しなが）神社がある。【「級長戸邊」も「級長」を「しな」と読んでいるので、この神名の「科」も「科長」の意味だろう。】その父神の「布忍」の名も、前記のように今の河内の地名にあるので、この地に由縁がありそうである。「度美（どみ）」というのは、中巻の終わりの方に「菅竈由良度美（すがのかまゆらどみ）」という名があるが、それは女の名である。こちらは「富」の意味で讃えたのだろうか。○天狹霧神（あめのさぎりのかみ）。この名は前に出た。この神の娘ということは、やはり神の御霊が男の姿になって、人間の女に通って生ませた子であろう。【新撰姓氏録にも「羽束（はつか）は佐鬼利（さぎり）命の三世の孫、斯鬼乃命（しきのみこと）の子孫」という記載がある。】○遠津待根神（とおつまちねのかみ）。遠津は地名だろう。水垣の宮（崇神天皇）の段に、「遠津年魚目々（とおつのあゆめめ）微比賣（くわしひめ）」という名があり、その遠津も地名である。【それは木の国である。】待根【借字】は、「ま」は「真」、「ちね」は前に出た「天之都度閇知泥（あめのつどえちね）神」、書紀垂仁の巻の「十千根（とおちね）」などの例がある。「たらちね」の「ちね」で、【師は「たらちね」を「足らしね」で、「し」を「ち」と通わせて言うと言ったが、そうならば直接に「たらしね」と言うべきなのに、「ち」と言うのは、「足らしちね」の「し」を省いたのである。】讃え名だろう。○遠津山岬多良斯神（とおつやまざきたらしのかみ）。遠津は母神の名による。母の住んだところの名で、この神が生まれた場所でもあろう。岬は「さき」と読む。書紀の�~武の巻に「丘岬、これを『おかさき』と読む」と言い、和名抄には「唐韻にいわく、岬は山の側である、弘仁私記に『みさき』とある」などがある。この山岬（やまざき）も地名か。山城國乙訓郡に山埼郷があり、延喜式神名帳では同郡に神足（こうたり）神社がある。「たらし」は「足り」の意味なので、由縁がある。【書紀では一般に名の「たらし」を「足」と書いている。この記で「帯」と書いているのは借字である。「帯」をこう読む意味は、伝六の六十四葉で既述した。上で引いた新撰姓氏録の「羽束」も摂津国神別で、そこの地名だが、山城国乙訓郡にもあって、外祖父神にも縁がありそうだ。河内の科長もそう遠くなく、いろいろ山城の山崎に縁があるようだ。】○上記の神たちについて諸国の神社を挙げ、諸々の郷名などを引いたが、いずれも確かにそこだという訳ではない。多少名前が似ているなどで、関係がありそうに思えるものを、あるいはというので、試みに挙げたのである。しかしここに漏れたものはさらに多いと思われるので、これからも気付いた点があれば、引き合わせて考えるべきである。○十七世神（とおまりななよのかみ）。ここで数えてみると、十五世あって、この数には二世不足する。しかし五を七に誤ったようでもない。前にもこうした数の違いはあった。これは、もとは全部そろっていたのが、阿禮が口に暗誦した時点で既に脱落していたのか、またこの記を書き写した者が書き落としたのか、今となっては知るすべはない。ところである人がこう質問した。『天照大御神から鵜葺草葺不合（うがやふきあえず）命までは五世であるから、その間にこの十七世が過ぎることはないだろうに、この神の末裔たちは、人代になってから後の神たちなのだろうか、いぶかしい』。そこで私は答えた。『神代の間、天津日嗣は五代であるが、年月は甚だ長かったので、【書紀の�~武の巻に「天照大神から今に至るまで、百七十九万二千四百七十余歳」とある。】かたわらの神たちが、その間に十七世も二十世も経たことは、疑うべきでない。須佐之男命が五世の孫葺根（ふきね）の命を遣わして神剣を天に献げさせたこと、【書紀にある。】また多紀理毘賣命は須佐之男命の娘だが、六世の孫の大穴牟遲命と婚姻したことなど、人代の普通の例から推測して疑うべきではない。』また問うていわく、『上記の十七世の神たち、また後の大年神の御子たち、羽山戸神の御子たちなど、子孫も多いはずなのに、古い書物でその末裔の氏族などが記されていないのはなぜか。』答え。『この神たちの大元の祖神は、須佐之男命であって、伊邪那岐の大神によって「お前はこの国に住んではならん」と言われ、その後神剣を得て天照大御神に奉り、大きな功績を挙げた後に根の国に行った神である。そのため上記の神たちや大年神の御子たちも、それぞれに功績を挙げて、その徳を世に残したことは、御祖神須佐之男命と同じことだが、ついに子孫を残さぬまま根の国に去ってしまったのも、また同様であった。その摂理は深く微妙である。「この国に住んではならん」という大命のとおり、およそ須佐之男命の子孫は、この世に残らなかったのである。』【まれに大物主神や事代主神の末裔があるのは、現身の子孫ではない。この世に鎮座している神の子孫である。その違いは、後の巻のところで詳しく言う。】