於レ是天照大御�~詔之。亦遣２曷�~１者吉。爾思金�~及諸�~白之。坐２天安河河上之天石屋１名伊都之尾羽張�~。是可レ遣。＜伊都二字以レ音＞若亦非２此�~１者。其�~之子建御雷之男�~。此應レ遣。且其天尾羽張�~者。逆塞＝上２天安河之水１而。塞レ道居故。他�~不２得行１。故別遣１天迦久�~１可レ問。故爾使２天迦久�~１。問２天尾羽張�~１之時。答白恐之仕奉。然於２此道１者。僕子建御雷�~可レ遣。乃貢進。爾天鳥船�~副２建御雷�~１而遣。

訓読：ここにアマテラスオオミカミののりたまわく、「またいずれのカミをつかわしてばえけん」。かれオモイカネのカミまたもろもろのカミたちもうしていわく、「アメのヤスカワのかわかみのアメのイワヤにますナはイツのオハバリのカミ、これつかわすべし。もしまたこのカミならずは、そのカミのミコ、タケミカヅチのオのカミ、これつかわすべし。まずそのアメのオハバリのカミは、アメのヤスカワのみずをさかさまにセキあげて、みちをセキおれば、あだしカミはエゆかじ。かれコトにアメのカクのカミをつかわしてとうべし」ともうしき。かれここにアメのカクのカミをつかわして、アメのオハバリのカミにとうときに、「かしこし、つかえまつらん。しかれどもこのみちには、アがコ、タケミカヅチのカミをつかわすべし」ともうして、すなわちたてまつりき。かれアメのトリフネのカミをタケミカヅチのカミにそえてつかわしき。

口語訳：そこで天照大御神は、「今度はどの神を遣わしたらいいだろう」と言った。思金の神とその他の諸神は、「天の安河の川上の天の石屋にいる伊都之尾羽張神を遣わせばいいでしょう。そうでないなら、その神の子の建御雷之男神がいいでしょう。ただしその天尾羽張神は、天の安河の川水を塞き止めて（水を他に分けて）、道を塞いでいるので、他の神は彼の所まで行くことができないでしょう。そこで別に天迦久神を彼の所へ遣って、意志を問わせたらいいでしょう」と言った。そこで天迦久神を使いに遣った。すると天尾羽張神は「かしこまりました。お仕えしましょう。しかし今回のご用件は、私の子、建御雷神が適任だと思います」と言い、その子を返答のために差し向けた。そこで天鳥船神を副将に付けて、建御雷神を地上の国に遣わした。

是以此二�~降＝到２出雲國伊那佐之小濱１而。＜伊那佐三字以レ音＞拔２十掬劔１逆刺＝立２于浪穗１。趺＝坐２其劔前１。問２其大國主�~１言。天照大御�~高木�~之命以問使之。汝之宇志波祁流＜此五字以レ音＞葦原中國者。我御子之所レ知國言依賜。故汝心奈何。爾答白之。僕者不２得白１。我子八重言代主�~是可レ白然。爲２鳥遊１取レ魚而往２御大之前１。未２還來１。故爾遣２天鳥船�~１。徴＝來２八重事代主�~１而。問賜之時。語２其父大�~１言。恐之。此國者。立＝奉２天�~之御子１。即蹈＝傾２其船１而。天逆手矣於２青柴垣１打成而。隱也。＜訓レ柴云２布斯１＞

訓読：ここをもてこのふたばしらのカミいずものクニのイナサのオバマにくだりつきて、トツカツルギをぬきてなみのほにサカサマにさしたてて、そのツルギのさきにあぐみいて、そのオオクニヌシのカミにといたまわく、「アマテラスオオミカミ・タカギのカミのみこともちてといにつかわせり。ナがうしはけるアシハラのナカツクニは、アがみこのしらさんクニとことよさしたまえり。かれナがこころいかにぞ」とといたまうときに、こたえまつらく、「アはエもうさじ。アがこヤエコトシロヌシのカミこれもうすべきを、とりのあそび・スナドリしにミホのサキにゆきて、いまだかえりこず」ともうしき。かれここにアメのトリフネのカミをつかわして、ヤエコトシロヌシのカミをめしきて、といたまうときに、そのチチのオオカミに「かしこし。このクニは、アマツカミのミコにたてまつりたまえ」といいて、すなわちそのフネをふみかたぶけて、アマのサカデをアオフシガキにうちなして、かくりましき。

口語訳：この二柱の神は出雲国の伊那佐の小濱に到着し、十掬剣を抜いて波頭に逆さに差し立て、その剣の先端に胡座を組んで座り、大国主神に問いかけて「われわれは天照大御神と高木の神の詔によって、問いに来た。あなたが支配している葦原の中つ国は、天照大御神の御子が治めるべき国だと仰っている。あなたの気持ちはどうだ」と訊くと、大国主神は答えて「私は何とも答えられない。私の子、八重事代主神が答えるべきところだが、鳥遊びと魚取りのために御大の崎に行って、まだ帰ってこない」と行った。そこで天鳥船を遣って、八重事代主神を連れてこさせ、同じように訊ねると、彼は父の大神に「恐れ多いことです。この国は天神の御子に奉りなさい」と言って、船を踏み傾け、天の逆手を打ってその船を青柴垣に変え、そのまま隠れた。

伊那佐小濱（いなさのおばま）は、延喜式神名帳に出雲国出雲郡、因佐（いなさ）神社があり、そこである。風土記には「伊奈佐乃神社」と書いてある。【出雲国風土記抄には「伊那佐の小濱は、杵築郷のうちの、假宮村というところである。この辺の浦を俗に「いなさ濱」と伝えている」とある。白檮原の宮（神武天皇）の段の歌にある「伊那佐の山」は大和にある。また遠江国にも引佐郡がある。歌に「いなさ細江」とあるのはこちらだ。これらは皆同名である。】書紀には「五十田狹（いださ）之小汀（おばま）」とある。同じところである。【「な」と「だ」は通音。】大穴牟遲神が少名毘古那神に出会ったところも、書紀では「五十狹々（いささ）之小濱（おばま）」と言っている。これも同じところなのだろう。伊那佐という名の意味は思いつかない。あるいは諾否（いなせ）の意味で、【書紀の仁賢の巻で「諾」を「せ」と読んでいる。後撰集の歌にも「いなせ」とある。万葉巻十六（３７９６）に「否藻諾藻（イナもウも）」とあるが、この「諾」も、「せ」とも読めるだろう。「う」と読んでいるのは、今の世にも「うう（うん）」と言うのと同じで、「稱唯（おおともうす）」という「おお」と同じである。「お（を）」と「う」は通音である。】大国主神の諾否の答えを問いただしたことから来た名ではないだろうか。延喜式神名帳には、同郡の杵築に大穴持伊奈西波伎（おおなもちいなせはぎ）神社というのがある。また天比奈等理（あまのひなとり）神社も同郡にある。【「和加布都怒志（わかふつぬし）神社」もあるが、この神は大穴持神の子ということなので、經津主神ではない。】「小濱」とは一般的に小川、小田、小野などいう「小」だが、万葉には「難波の小江（おえ）」などという言葉もあり、必ずしも小さいことを言うわけではない。小初�P（おはつせ）、小筑波（おつくば）などは、賞め言葉のようである。もとは小さいことを言ったのだろうが、後に賞め言葉にもなったのだ。【「大（おお）」と言って賛辞とすることもあれば、「おおよそ」とか「大ろか＜大雑把の意か？＞」とも言って、あまり良くない意味にもなるように、「小（お）」も善くない意味にもなり、賛辞にもなる。小さいと言って物を賞めることは、今の世にも多い。】このとき、大国主神は前に出た宇迦山の山本の宮に住んでいたのではなかろうか。宇迦と伊那佐は同じ郡にある。その宮については前【伝十の五十九葉、六十四葉】に述べた。○降到は「くだりつきて」と読む。○浪穗（なみのほ）は前に出た。○逆刺立（さかさまにさしたてて）とは、剣は先端で刺すものなのに、ここでは柄の方を刺したので、「逆」と言ったのである。○劔前（つるぎのさき）は剣の鋒である。前にも「御刀の前」などとあった。【延佳本で「前」を「まえ」とよんだのは、重大な誤りである。これは剣の鋒に趺坐するなどはあり得ない、と判断したことから、そう強説したのだ。近世の人々の、漢籍にへつらうなまさかしら心は、みなこのようである。】書紀には「則拔十握劔、倒植於地、踞其鋒端（すなわちとつかつるぎをぬきて、さかさまにつちにさしたて、そのさきにすわりて）」とある。【この文までも、白井氏などが剣の前に座ったように註したのは、どうだろうか。それでは「鋒」の字は何の意味もない。おかしい限りだ。】○趺坐は「あぐみいて」と読む。【「うちあぐみ」と「うち」を添えて読んでもいい。「しりうたげ」と読むのは適当でない。】書紀の海神の宮の段に「寛坐」とあるのもそう読む。「あぐみ」は「足を組む」ということで、今の世で「丈六かく」という座り方だ。【「丈六かく」とは丈六の仏像の趺坐から出たのだろう。これを私の郷の方言では「あぐらかく」とも「あずくみかく」とも言う。「あずくみ」は「足組み」で、「あぐみ」と同じだ。ところが「踞」は「あぐみい」と読むと、字に当てはまらない。踞は「しりうたげ」である。これは「尻打ち上げ」で、足の裏を地面に着け、尻を浮かして座るのを言うが、書紀の欽明の巻に「胡床（あぐら）に乗踞（しりうたげ）」、敏達の巻に「胡床に踞坐（しりうたげおり）」などというのは、そういう意味にも聞こえない。これらは俗に「腰掛ける」という動作である。物語文などには「尻懸くる」とある。それは足を垂れて、尻を物の上に懸けるので「尻打ち上げ」と言うのだろう。字書には「物に寄って座るのを踞と言う」とある。「物に寄る」とは、俗に言う「もたれかかる」と言うことではない。腰をかけることである。漢では腰掛けることも踞と言うのが普通だ。とすると書紀の「踞其鋒端」とは、剣の先端に腰をかけたということで、この記とは少し違う。】趺の字は仏教書でも「結跏趺坐」などとあり、「あぐみ」によく当たっている。【ところでこの「あぐみ」に、二通りある。組んだ足の先を膝の下に敷くのと、腿の上に上げて、足の裏を上に向けて組むやりかたである。また膝を左右に張り、左右の足の裏を合わせて座る。これも趺の一首である。】この神たちがあり得ない座り方をして見せたのは、みな天神の使いが持つ神威を示したのである。○其大國主神（そのおおくにぬしのかみ）とは、単に大国主神の名を呼んだのとは少し違い、その国の支配者である神、という意味で言っている。前に須佐之男命が「大国主神となれ」と言った意味である。【伝十の五十八葉】とすると、「その」というのも、この特定の神を指すのではない。「その国の」という意味である。【そうでなければ、ここにある「其の」という語は、上を受けたとするには、離れすぎている。】その国とは、天降ったところを言うから、葦原の中つ国のことになる。【次の詞でそう聞こえる。】○問使之は「といにつかわせり」と読む。【漢籍読みに慣れた人には、こういう読みは何となくだらしなく聞こえるかも知れないが、御国の言葉遣いは、今も昔もこう言うのが決まりである。この記には、「遣わす」に「使」の字を通用させているところが前にもあった。もともと「つかう」と「つかわす」は言を縮めたのと延ばしたのとの違いしかなく、同言である。また「つかい」は「つかう」を体言にしただけで、これももとは同言である。師はこの三字を「とわするつかいなり」と読んで、末尾の「之」は「也」を誤ったものだと言ったが、そう読もうと思えば、最初に「私は」という語がなければ言葉が足りない感じがする。】中巻倭建命の段に「撃遣（うちにつかわし）」、「平遣（ことむけにつかわせり）」ともある。同じ言葉遣いである。「之」の字は、このように文の切れるところでは、しばしば助辞に置くことがある。【「恐之（かしこし）」のたぐいである。】○宇志波祁流（うしはける）は、主（ぬし、うし）としてその地を領有していることを言う。ただし天皇が天下を治めることは「うしはく」と言ったことがないから、似たことであっても「所知食（しろしめす）」という言葉とは違いがあるようだ。この言葉の意味は【師は『「主張（うしはく）」である。古言で「振る」を「ふく」と言うように、「る」を「く」と言ったことがあるから、「張る」を「はく」と言ったのだ。』と言った。この説ももっともだが、やはり「はる」を「はく」と言った例はないので、疑問である。】「はく」は「太刀を佩く」、「靴をはく」などの「はく」と同じで、身に着けて所有する意味ではないだろうか。【「取る」とは、もとは「手に持つ」ことだが、今の世で国所を領有するのを「そこを取る」、「何万石を取る」などと言うのも、ここの「はく」と意味が共通する。】さらに考察すべきである。この言葉は、万葉巻五【三十一丁】（８９４）に、「宇奈原能邊爾母奥爾母神豆麻利、宇志播吉伊麻須諸能大御神等（うなはらのへにもおきにもかむづまり、うしはきいますもろもろのおおみかみたち）」、巻六【三十六丁】（１０２０）に「住吉乃荒人神、船舳爾牛吐賜（すみのえのあらびとがみ、ふねのへにうしはきたまい）」、巻九【二十三丁】（１７５９）に、「此山乎牛掃神之（このやまをうしはくかみの）」、【この歌の「此の山」は筑波山である。】巻十七【三十九丁】（４０００）に、「須賣加未能宇之波伎伊麻須、爾比可波能曽能多知夜麻爾（すめかみのうしはきいます、にいかわのそのたちやまに）」、巻十九【三十六丁】（４２４５）に「墨吉乃吾大御神、舶乃倍爾宇之波伎座（すみのえのわがおおみかみ、ふなのへにうしはきいまし）」などの例がある。【この万葉の「牛吐」、「牛掃」などの文字の意味をとらえて議論するなどは、言うに足りない強弁だ。】遷却祟神の祝詞に「山川能清地爾遷出坐弖（正字は氏の下に一）、吾地止宇須波伎坐世止（やまかわのさやけきところにうつりいでまして、あがところとうすはきませと）云々」とあるのも、「す」と「し」と通音で、同言である。○我御子（あがみこ）とは、天照大御神・高木神の言葉のまま伝えたために、こう言ったのである。この言依（ことよさし）の言葉は、前に出た。「汝心奈何（ながこころいかにぞ）」は、この言依のままに、この国を皇孫命に奉るかどうかと訊ねているのである。この問いの言葉は、書紀では「高皇産霊尊が皇孫をこの国に降し、治めさせようとして、まずわれら二神を遣わして、平定しようとしているのだ。あなたの意志はどうだ。この国を去るか、否か。」となっており、一書では「あなたはこの国を天神に奉るか、否か」という。○「僕者不２得白１（あはエもうさじ）。我子（あがこ）云々」。この言葉を考えると、このときもう大穴牟遲神は年老いて、事代主神に多くの政務を譲り、事代主神こそ働き盛りで勢いがあったのだろう。そのため、自分の考えだけでは返答できなかったのである。書紀にも「私の子に訊ねなければ返答はできない」とある。○事代主神（ことしろぬしのかみ）のことは名前の意義など、前【伝十一の六十五葉】で述べた。○「是」は、「この神」ということである。○「可レ白然」は「もうすべきを」と読む。「然」の字は「を」に当たる。【「しかれども」と読むのも悪くはないが、重すぎる。ここは「を」と読んで「然」の意味を軽く含める。】○鳥遊は「とりのあそび」と読む。【「の」を省いて「とりあそび」とも読めるが、とりあえず古い訓に従っておく。】野山海川などに出て、鳥を狩る遊びだろう。【ここは海辺であるから、水鳥を狩るのだろう。】下巻朝倉の宮（雄略天皇）の段に「夜須美斯志、和賀意富岐美能、阿蘇婆志斯、志斯能、夜美斯志能（やすみしし、わごおおきみの、あそびしし、ししの、やみししの）云々」【「猪の病み猪の」である。】とあるのは、猪を射たことを「あそばしし」と詠んだのである。これは狩を「遊び」と言った例である。山城国風土記に「玉依比賣が石川の瀬見の小川で遊んでいたとき」とあるのは、女だから、単に川のほとりを歩いていたようにも思われるが、やはり魚釣りをしていたといことだろう。【師は「鳥遊」を「とがり」と読んだ。それももっともなのだが、この記では、「とがり」なら「鳥狩」と書くはずなのに、「遊」という字を書いており、書紀でも「遊鳥」、「射鳥遨遊」などと書いて、「狩」、「猟」などの字を使っていないので、やはり「あそび」と読むのが正しい。】○取魚は、師が「すなどり」と読んだのがいい。書紀の�~武の巻でそう読んでいる。欽明の巻に「捕魚」とあるのもそう読む。この「すなどり」のことは、猿田毘古（猿の正字はけものへん＋爰）の段で言う。【伝十六の九葉。この鳥の遊び、魚釣りを好んだことを隠遁の意味だと言うのは、例の漢意による説明だ。決してそうではない。】魚の下にある「而」の字は読まない。上にある「爲」に帰って「しに」と読むべきである。【「而」の字は、漢文の流儀で書いたものと思われる。そういう例も記中には多い。師はこれを「すとて（しようというので）」と読んだが、「とて」などと言う言葉は、奈良時代まではなかった。】○御大之前（みほのさき）は前【伝十二の三葉】に出た。出雲国嶋根郡にある。書紀の一書には「三津の碕」とある。【出雲国風土記に御津濱がある。また延喜式神名帳には楯縫郡に御津神社がある。】○徴來は「めしきて」と読む。【師が「めしこさせて」と読んだのは良くない。】そう読むと「すぐに来させて」という意味になる。○問賜（といたまう）は、建御雷神が問うたのである。○語其父（そのちちに）の「語」の字は読んではいけない。前に「語天若日子」とあった「語」と同じ。○大神（おおかみ）とあるのは、大穴牟遲神をここで初めて「大神」と言っている。○恐之は、前にもあった。○天神之御子、「天神」を「あまつかみ」と読むことは、前【伝三の卅一葉】で言った。続日本紀の一にも「天都神乃御子（あまつかみのみこ）」と書いてある。天神とは、前述したように高天の原の神々すべてを指す言葉であるが、ここではもっぱら天照大御神のことを言っている。天忍穂耳命はその子であるから当然だが、この後には、その御孫である邇々藝命、鵜葺草葺不合命、神武天皇もみな天神の御子と称している。「子」とは子々孫々にわたる名だからである。そう称するのは、他の国つ神とは別格の貴い神だから、特に分けて言うのだ。【天忍穂耳命や邇々藝命は、天上で生まれた神だから、単に「天神」と呼ぶのが正しいが、それを御子と呼ぶのは、穂々出見命以降、地上で生まれた御子をそう呼ぶので、その御祖にも及ばせて語り伝えたのだ。それも天照大御神の御子という意味になるだろうから、違ってはいない。しかし天神の御子という言葉本来の意味は、地上で生まれた御子が天神の子孫であることを言う。】○立奉は「たてまつりたまえ」と読む。【「たてまつらん」と読むのも悪くないが、その前に「語２其父大神１言」とあるのは、「語２天若日子１言」と全く同じ言い方なので、そこで「可射殺（いころしたまいね）」とあった例に従う。】「立」の字を添えて言う理由は前【伝九の廿六葉】で述べた。【師がこれを「たちどころにたてまつりたまえ」と読んだのは、前後の考えを余り深く考えなかったからである。】○其船（そのふね）は、ここへ乗って帰ってきた船のことだ。これからすると、御大之前から因佐之小濱まで、海路で帰ってきたようだ。【この海路のことを、私の友人である内山真龍の考察では、「出雲国は、風土記のころには出雲郡と神門郡が大河を境にしていて、国が一続きだったが、もっと上代には出雲郡と神門郡は海を隔てて、嶋根郡、秋鹿郡、楯縫郡、出雲郡の四郡は離ればなれの嶋で、入り海は西の大海につながっていた。だから今見ても、出雲郡と神門郡の境付近は、およそ二里ほど平原砂地となっている。神代に熊野の諸手船が三保崎に通ったのは、この海路である」という。これを採用すると、御大之前から因佐之小濱までは、直接入り海を通って往来していたことになる。】○蹈傾は「ふみかたぶけて」である。下巻甕栗の宮（清寧天皇）の段の歌に「加太夫祁理（かたぶけり）」とある。○天逆手（あまのさかで）は、伊勢物語に「天の逆手を拍（うち）てなむのろひ居（をる）なる」とあるのを考えれば、いにしえには逆手を打って物を呪う方法【俗に言う「まじない」である。】があったのであろう。しかし伊勢物語のは人を呪詛することだったが、上代にはそういう悪事だけでなく良いことにも行ったことが、この故事でも分かる。ここでは、船を柴垣に変化させるための呪術である。ここで逆手を打つという打ち方は、普通手を打つのは手のひらを打ち合わせるが、それを裏返して手のひらを外側にして打つのか、あるいは普通は手を同じ方向にして打つが、これは左右で上下を互い違いにして打つのか、この二案のどちらがよいか決められない。【俗に「横手を打つ」というのは、左右の手を縦と横にして打つのを言う。それに準じて言えば、逆手も後の方の打ち方であろうか。やはり決めることができない。これについて、契沖は伊勢物語を参考に「尋常に手を打つのは、喜びの表現であるが、それを逆に打つというのは尋常でないから、凶事である。事代主神の逆手も、この世を去るために打ったのだから、吉事ではない」と言い、師もこれを凶事として「海神が火遠理（ほおり）命に釣り針を奉って、『これを兄の命に渡すときは、後ろ手に渡しなさい』と言った」とあるのを例に、「後ろ手で手を打つのである。後ろ手と逆手は同じだから、後手も『さかで』とも読める」と言った。これらの説はみな良くない。これを誰もが凶事と思うのは、伊勢物語にとらわれているからである。その物語の頃にはもっぱら人を呪詛することに使われたのかも知れないが、それは後代のことであって、もとはそうでなかった。吉事であれ悪事であれ、なんらかのまじないとして行われたのであり、この神の逆手も凶事ではない。ただ船を柴垣に変えようとして行ったのだ。また後ろ手と逆手は別のことなのに、師は上記の海神の教えと、伊勢物語にあるのがいずれも人を呪詛する方法で、同じような意味なので迷ったのだ。後手は書紀に「背揮、これを『しりえでにふく』と読む」とあるから、「さかで」と読むべきではない。また四時祭式、鎮魂祭の儀に「行酒三杯以後、拍２後手１退出」とあり、大神宮儀式帳の六月の神事の条にも、祭事が終わって人々が直会殿（なおらいどの）の席に着き、大直会（おおなおらい）を賜わり終わって、後手を一段打つとある。また同じ儀式帳の年中行事の同祭の条に、斎宮の御拝のとき、一の禰宜の詞に「御拝四度、御後手、また御拝四度、御後手」と言うとある。これらの「後手」を今の本に「しりえで」と訓を付けているのは、ことの意味をよく考えないみだりごとである。これらは「しりえで」ではない。「のちのて」である。直会が終わって後に手を打ち、御拝が終わって後に手を打つという意味だ。ところで伊勢物語に出る天の逆手は、中昔に至ると海人のする術と考えられるようになり、歌などでもそう詠んでいる。しかしそれはその物語ばかりが知られ、この記の故事を知らないための誤りだ。このことは、すでに契沖が「勢語臆断」で指摘している。この物語の眞字本に「天之逆手」と書いてあるのは、その頃まではまだ本来の意味が失われていなかったのだろう。】「天之」とは、天上で行われていた術が、地上に伝わったことをいう。○青柴垣（あおふしかき）は、青葉の柴の垣を言う。「ふし」は、字の通り柴のことだ。中昔の歌には「ふししば」などとも詠んでいる。【柴を水中に浸しておいて魚を捕るのを「ふしつけ」と言うのもこれである。拾遺集の平兼盛の歌（２３４）に「ふしつけし淀のわたりをけさみれば云々」。】下巻甕栗の宮の段の歌に「志婆加岐（しばかき）」とあるのと「ふしかき」とは同じものである。なお冠辞考の「みづがき」の条を見て、そのありさまを知るべきである。【書紀の註釈で、上代のことを知らないであれこれ論じているのはみな間違いである。】この神の名に「積羽八重」とあるのも、この柴垣によっていることは、前【伝十一の六十五葉】で述べた。○打成（うちなし）。「打」は天の逆手を拍（う）つのである。「成」は、踏み傾けた船を青柴垣に変化させるのである。【船を横倒しにすれば、垣に似ているからである。】前に「その乙女を湯津爪櫛（ゆつつまくし）に取り成し」とあるのと同じで、そこ【伝九の廿九葉】で述べた通りである。またこの後に「立氷に取り成し」、「剣の刃に取り成し」とあるのも同じだ。【書紀には「蒼柴籬（あおふしがき）」を造ることを言ってから、次に「船の縁を踏んで去った」とあるので、船を青柴垣に変化させるというのはどうかと疑う人もあるが、書紀はいつも言うように漢籍に似せて書くことのみを考えて書かれているので、いにしえのことの様子と違っていると思われる点も多い。ここも古い記録にはこの記のように書かれていたのを、さかしらに直して書いたものだろう。「取り成す」、「打ち成す」といった語は、既にあるものを他の物に変化させるのだから、ここでも変化させる元の物がなければ、他の例と違ってしまう。もし何も材料がなくて青柴垣を一から造ったのであれば、「青柴垣を」と言わなければ通じない。「青柴垣に」とあるからには、既存の物を変化させたのだ。「を」と「に」とは同意になることもあるが、場合による。これを船に関わりなく「青柴垣に」とするなら、天の逆手という物があって、それを青柴垣に変化させたように聞こえる。よく味わってみよ。】すると、「その船を踏み傾け、天の逆手を打って、その船を青柴垣に変化させ」という意味なのだが、「その船を」という語を二つ重ねるのは拙い文となるので、上で言ったことは下で省き、また「天の逆手を打ち」というところを、間に「青柴垣に」という語を置いて、「青柴垣に打ち成し」と言ったところは古文の巧みであって、後世の及ばないわざだ。○隱也（かくりましき）は青柴垣のうちに隠れたのである。下巻近飛鳥の宮（顕宗天皇）の段の歌に「美夜麻賀久理弖（正字は氏の下に一）（みやまがくりて）」、書紀の推古の巻の歌に「和餓於朋耆彌能、訶句理摩須、阿摩能椰蘇訶礙（わがおおきみの、かくります、あまのやそかげ）」などがある。ここは青柴垣のうちに隠れたという趣旨だが、この次に父の大神も「八十クマ（土＋冂の中に口）手（やそくまで）に隠りて侍わん」とあるように、この神も同じように海底に入り、現身は永く隠れ去ったのである。そのことは次に言う。【延喜六年の日本紀竟宴の藤原佐高の歌に「須女美萬爾、夜志末乎佐利弖、奈美能宇倍乃、阿遠布事加幾邇、多比爲須留可那（すめみまに、やしまをさりて、なみのうえの、あおふしかきに、たびいするかな）」。】ここのことは、書紀には「是時其子事代主神、遊行在２於出雲國三穗之碕１、以釣魚爲樂。【或曰、遊鳥爲樂。】故以２熊野諸手船１、【亦名天鳩船。】載２使者稻背脛１遣之而、致２高皇産靈尊勅於事代主神１、且問２將報之辭１時。事代主神謂使者曰、今天神有此借問之勅、我父宜當奉避、吾亦不可違因、於２海中１造２八重蒼柴籬１、【柴此云２府璽１。】蹈２船ヘ（木＋世）１而避之。使者既還報命故、大己貴神則以其子之辭、白於二神曰（このときそのこコトシロヌシのカミ、イズモのクニのミホのミサキにありきでまして、ツリしてあそびいましき。【あるいはいわく、とりのあそびしていましき。】かれクマヌのモロタブネ【またのなはアメのハトブネ】をもちて、つかいイナセハギをのせてつかわして、タカミムスビのミコトのミコトノリをコトシロヌシのカミにいたし、またカエリコトせんさまをとうときに、コトシロヌシのカミツカイにいいたまわく、『いまアマツカミのミコトもてカクとわせれば、ちちもさりたまうべし、われもタガイまつらじ』といいて、ワタナカにヤエのアオフシガキをつくり、【柴、これをフシという】フナのヘをふみてサリたまいき。ツカイかえりてカエリコトもうしければ、オオナムチのカミ、すわちそのこのもうしたまえるコトのまにまに、フタバシラのカミにもうしたまわく）＜口語訳：そのとき、子の事代主神は出雲の三穗之碕へ遊びに行き、魚を釣っていた【あるいは鳥を狩っていたとも言う】。そこで熊野諸手船【一名天鳩船】に稻背脛を乗せて使いに遣り、高皇産霊尊の詔勅を事代主神に伝えさせた。その返事を聞くと、事代主神は使者に『天神がこのようにおっしゃるからには、父もこの地を去りなさい。私も同じように致します』と言って、海中に八重蒼柴籬を造り、船のへりを踏んで立ち去った。使者が帰って報告すると、大己貴神はその子の言葉通り、二神に答えて＞云々」とある。一書も同じような記述である。【そうすると、書紀の述べているのは、三穗之碕に行った使者がそこで詔を述べ、事代主神が海に入ったのも三穗之碕でのことであって、この記で伊那佐の小濱へ連れてきたというのとは異なっている。またその使いが帰って報命し、それに大己貴神が応答しているので、この使いは大己貴神が派遣したようである。だからであろうか、延喜式神名帳の出雲郡にある社も大穴持伊那西波伎（おおなもちイナセハギ）神社となっている。】

故爾問２其大國主�~１。今汝子事代主�~如レ此白訖。亦有２可レ白子１乎。於レ是亦白之。亦我子有２建御名方�~１。除レ此者無也。如レ此白之間。其建御名方�~。千引石ササゲ（敬の下に手）２手末１而來。言Ｂ誰來２我國１而。忍忍如レ此物言。然欲レ爲２力競１。故我先欲Ａレ取２其御手１。故令レ取２其御手１者。即取＝成２立氷１。亦取＝成２劔刄１。故爾懼而退居。爾欲レ取２其建御名方�~之手１乞歸而取者。如レ取２若葦１。ツカミ（てへん＋益）ヒシギ（てへん＋此）而投離者。即逃去。故追往而。迫＝到２科野國之洲羽海１。將殺レ時。建御名方�~白。恐。莫レ殺レ我。除２此地１者。不レ行２他處１。亦不レ違２我父大國主�~之命１。不レ違２八重事代主�~之言１。此葦原中國者。隨２天�~御子之命１獻。

訓読：かれここにそのオオクニヌシのカミにといたまわく、「いまナがこコトシロヌシのカミかくもうしぬ。またもうすべきコありや」とといたまいき。ここにまたもうしつらく、「またアがこタケミナガタのカミあり。これをオキテハなし。」かくもうしたまうおりしも、そのタケミナガタのカミ、チビキイワをタナスエにささげてきて、「たれぞワガクニにきて、しぬびしぬびカクものいう。しからばチカラクラベせん。かれアレまずそのミテをとらん」という。かれそのミテをとらしむれば、すなわちタチビにとりなし、またツルギバにとりなしつ。かれおそれてしりぞきおり。ここにそのタケミナガタのカミのテをとらんとコイかえしてとれば、ワカアシをとるがごと、ツカミひしぎてなげはなちたまえば、すなわちニゲいにき。かれオイゆきて、シナヌのクニのスワのウミにせめいたりて、コロサンとしたまうときに、タケミナガタのカミもうしつらく、「かしこし。アをナころしたまいソ。このトコロをおきては、あだしトコロにゆかじ。またアがちちオオクニヌシのカミのミコトにたがわじ。ヤエコトシロヌシのカミのコトにたがわじ。このアシハラのナカツクニは、アマツカミのミコのミコトのまにまにたてまつらん」ともうしたまいき。

口語訳：そこで大国主神に「いまあなたの子、事代主神はあのように言った。他に意見を言う子がいるか。」と訊ねた。大国主神は「もう一人、建御名方神がいる。彼の他にはいない」と答えたとき、その建御名方神が、手に千引石（千人でなければ動かせないような大きな岩）を手のひらに載せてやって来て、「誰だ、私の国に来て、ひそひそとそんな話をしている奴は。それなら力比べをしよう。まずあなたの手を私に取らせよ」と言ったので、手を彼に握らせた。ところがつかんだその手は、つららのような氷と化し、また剣と化した。建御名方神は驚き恐れて退いた。次に今度は（建御雷神が）建御名方の手を取らせよと言ってつかんだところ、生え出たばかりの柔らかい葦を握るようにひしゃげた。そのまま遠くへ放り投げた。建御名方は逃げ出した。それを追って、ついに信濃の国の諏訪の湖まで追い詰め、殺そうとしたところ、建御名方神は「かしこまりました。私を殺さないでください。私はこの地に留まって、どこにも行きません。また父大国主神の命に従います。事代主神の言った通りにします。この葦原の中つ国は、天神の御子の御心のままに献げましょう。」と言った。

故更且還來。問２其大國主�~１。汝子等事代主�~建御名方�~二�~者。隨２天�~御子之命１勿レ違白訖。故汝心奈何。爾答白之。僕子等二�~隨レ白。僕之不レ違。此葦原中國者。隨レ命既獻也。唯僕住所者。如２天�~御子之天津日繼所レ知之登陀流＜此三字以レ音。下效レ此＞天之御巣１而。於２底津石根１宮柱布斗斯理。＜此四字以レ音＞於２高天原１氷木多迦斯理＜多迦斯理四字以レ音＞而治賜者。僕者。於２百不レ足八十クマ（土＋冂の中に口）手１隱而侍。亦僕子等百八十�~者。即八重事代主�~爲２�~之御尾前１而仕奉者。違�~者非也。如レ此之白而

訓読：かれさらにまたかえりきて、そのオオクニヌシのカミにといたまわく、「ナがコどもコトシロヌシのカミ・タケミナガタのカミふたりは、アマツカミのミコトのまにまにタガワジともうしぬ。かれナがこころいかにぞ」とといたまいき。ここにこたえまつらく、「アがコどもふたりのモウセルまにまに、アレもたがわじ。このアシハラのナカツクニは、ミコトのまにまにすでにたてまつらん。ただアがすみかをば、アマツカミのミコのアマツヒツギしろしめさんトダルあまのミスなして、そこついわねにミヤバシラふとしり、タカマノハラにヒギたかしりておさめたまわば、アは、ももたらずヤソクマデにかくりてさもらいなん。またアがコどもももやそがみは、ヤエコトシロヌシのカミ、カミのみおさきとなりてツカエまつらば、たがうカミはあらじ。」かくもうして

口語訳：さらにまた戻って来て、その大国主の神に「あなたの子たち、事代主神、建御名方神の二人は、天神の命に従うと言っている。あなたの心はどうだ」と訊ねた。すると大国主神は「私の子たちの言う通り、私も従おう。この葦原の中つ国は、天神の詔のままに、ことごとく差し上げよう。ただその後の私の住処は、天神の御子が住んで世をお治めになる宮と同様に、どっしりと宮柱が太く、千木を空高く掲げて造ってくだされば、私は黄泉の国に隠れよう。私の子の百八十神たちは、事代主神が指導者として天神に仕えたなら、反逆することはない。」こう言って、

更且還來（さらにまたかえりきて）は、信濃から出雲へ戻って来たのである。○二神は、ここでは「ふたり」と読む。次にあるのも同じ。○勿違。「勿」の字は、記中どこでも「不」と同じ使い方をしており、この前後でいずれも「不違」とあるので、ここも「たがわじ」と読むべきである。○汝心奈何（ながこころいかにぞ）。初めに同じ質問をしたところ、「私には答えられない」と言って、自分の考えをまだ答えていなかったので、またこう訊ねたのである。○僕之不違（あれもたがわじ）。「之」の字は、「亦」の誤りだろうと師は言った。それとも「又」の字でもあろうか。いずれにせよ、「あれも」と読むべきところである。○既（すでに）は、普通言う意味と違って、ここでは「ことごとく皆」という意味である。この記の序に「已因レ訓述者。詞不レ逮レ心（スデにクンにヨリてノベタルは、ことばココロにオヨバズ）＜すべてを訓読みで書いたら、言葉は心を表せません＞」と言い、万葉巻十七【十三丁】（３９２３）に「天下須泥爾於保比底布流雪乃（あめのしたスデニおおいてふるゆきの）」と詠んでいるのも、すべてその意味である。また書紀継体の巻で「全」の字を「すでに」と読んでいるのも同じ意味である。【「既」の字は、本義は「盡（尽）」だと注にある。春秋などに「日有レ食レ之既（ヒこれをしょくすることありてツク）（皆既日食）」というたぐいである。とすると「すでに」という言葉にこの字を当てたのも、もとは「尽」の意味によっていたかも知れない。】○唯とは、天下はすべて献げるが、その中で唯一つということである。【後世の「ただし」という語と意味が通じる。】○住所は、師が「すみか」と読んだのが良い。「所」の字は、つまり「か」の意味である。○天津日繼（あまつひつぎ）。万葉の歌には「あまの日繼」などともある。これは天津日の神の任命を受け伝えて、その業を代々受け継ぎ、世を治める意味の名である。天武紀に、「皇祖等之騰極」とあるところに、「いにしえに言う『ひつぎ』である」と註してある。【書紀では、漢国で天子と呼ばれる位について書いた文字を、すべて「あまつひつぎ」と読んでいる。】そこでこの位を嗣ぐことになる皇子を日嗣ぎの御子【「皇太子」の字を書く。】と言う。この意味は不動で、誰もがそう考えていいのだが、この段では、もう一つの考えもある。「繼」は【借字】「給（つぎ）」であって、天津日の大御神が給寄（つぎよさ）し賜うものを受け入れて世を支配するのを、「天津日繼所知（アマツヒツギしろしめす）」」と言ったのかも知れない。給寄（つぎよさ）し賜うものとは、世の人々が奉るもろもろの貢ぎ物のことで、【「みつぎもの」のことを平兼盛の歌で「ひつぎもの」と詠んでいる。「みつぎ」の「つぎ」も供給という意味である。今の俗言で人にものを貢ぐと言い、何かを「つづくる（綴る、繕う、補修する）」と言うのも元は同じである。「つぐ（給ぐ）」という言葉は目上から目下の者に賜うことに限って使うと思われるだろうが、そうではない。目下から目上に奉る場合にも使う。だから朝廷に奉るのも「みつぐ」と言うのである。】これはつまり天照大御神が、天皇に給寄（つぎよさ）し賜うものである。そのもろもろのものの中でも最も重要なものは稲である。その理由は、書紀に「天照大神又勅曰、以吾高天原所御齋庭之穂亦、當レ御２於吾兒１（アマテラスオオミカミまたチョクしていわく、『アがタカマノハラにしろしめすユニワのホも、アがミコにしろしめさしむべし』）」とあるからである。康治元年、大嘗会の中臣の壽詞【康治は後世だが、言葉は古文である。台記（藤原頼長の日記）に載っている。】に、「天津御膳遠、長御膳乃遠御膳止、千秋乃五百秋仁、瑞穂遠平介久安介久、由庭仁所知食止事依志奉弖（正字は氏の下に一）、天降坐（あまつミケを、ながミケのとおミケと、ちあきのいおあきに、ミズホをたいらけくやすけく、ユニワにしろしめせとコトヨサシまつりて、あまくだりまし）云々」とあり、また大殿祭の祝詞に「皇御孫之命、此乃天津高御座爾坐弖、天津日嗣乎、萬千秋乃長秋爾、大八洲豊葦原瑞穂國乎、安國止平氣久所知食止、言寄奉賜比弖（弖はいずれも正字氏の下に一）（すめみまのみこと、このあまつタカミクラにまして、あまつひつぎを、よろずちあきのながあきに、おおやしまトヨアシハラのミズホのくにを、やすくにとたいらけくしろしめせと、コトヨサシまつりたまいて）云々」とあるのと【「萬千秋（よろずちあき）」は、もっぱら稲にかけて言うことは、前に述べた通りである。「天津日嗣（あまつひつぎ）を萬千秋」と続けるのは、天照大御神が給寄（つぎよさ）した大八洲国の稲穂を、万千秋（永遠）にしろしめせということだ。上記の中臣の壽詞は、大嘗のときのことだから「由庭（ゆにわ）にしろしめせ」と言っており、大殿祭は天下全体のことであるから、「瑞穂の国をしろしめせ」と言うが、いずれも同じ稲穂のことで、その中でも最初で最重要のものが齋庭の稲穂とされている。そのため、書紀の勅では、その齋庭の稲穂を挙げて言い、それに天下の民百姓が奉る稲や種々の貢ぎ物をすべて含めているのだ。】を考え合わせて、日給（ひつぎ）の意味を理解すべきである。前にも言ったことだが、皇国は稲に特別深い由縁があり、上記のように大御神の厳重な大詔もあって、後世に至るまで、あらゆる政（まつりごと）の中でも、大嘗をまたとない大事とするのである。とすると、天津日継（あまつひつぎ）所知食（しろしめす）ということは、天下をしろしめす意味にもなる。【「天津日継」だけを言って「所知食」と言わず、また「日嗣の御子」などとも言うのは、この言葉を広く言い慣れて、やや後に省いたのだろうか。この点は少し疑わしい。ただしこの記では、この言葉が四箇所あるが、いずれも「所知（しろしめす）」とある。】この後に「登陀流（とだる）云々」へと続くのは、次に述べるように御膳（みけ）のことに関係しているから、つまりは日の大御神が給寄（つぎよさ）した稲で調理した御膳を所知食（しろしめす）、その天の御巣（みす）という意味になる。【単に天下を治める位のことを言っているなら、ここには必要のない言葉である。ただ「天津御子之登陀流云々」と書けばよさそうなものである。】○登陀流天之御巣（とだるあめのみす）とは、以前は単に御殿のことを言っていると思ったが、そうではないようだ。次にまた同じ言葉が出てくるが、そこで凝烟（すす）のことを言っているので、よくよく考えると、これは御厨【俗に言う台所】の竈の上にある煙出しのところを言うのだろう。その構造は、上代にはどうなっていたか、知ることはできないが、御巣とあることから想像して、煙出しのために竈の上の屋根を少し葺き残して、窓のように明けていたのではなかろうか。しかしそこには葦を切った端の部分が不揃いに露出して組み合わさり、「簀（す）」のような部分なので、【一般に、竹などを編んで、間が透けたようなのを「簀」と言う。簾（す）も同じ。】御簀（みす）と呼んだのだろうか。【「巣」は借字】天之（あまの）と言うのは、今の世で竈の上の煙がかかる部分を「あま」【「尼」の音のように言う。】と言うから、それだろう。體源抄に、昔日吉への行幸で鞨鼓（かっこ：鼓類の楽器）の筒胴が社頭でなくなってしまい、二十余年を経て大津のほとりで見つけたときの話に、「あまというものに乗りかかっていたので、すすが付いていたが、少しも損傷はなかった」と言っている。【そのため、他の例のように「あめの」と読まず、「あまの」と読んでおいた。しかし普通の語のように「あめの」と読むのも悪くはないだろう。】ところで「登陀流」は非常に難解だが、例によって強いて言うなら、富足のことではないか。【「富（とみ）」は「み」を省いた例がある。】それは、昔も今も、人の家の富み栄えることを表現するには煙が盛んに立つことを言い、貧しいことは煙が立たないと表現する。下巻高津の宮（仁徳天皇）の段で、「国中に煙が立っていない。民が貧窮に陥っているからだ」、「国中に煙が満ちている。人々が富んでいるのだ」などとあるように、煙が盛んに立つことを祝福して、すなわち富足と言い習わしたのだろう。するとここは、煙が盛んに立ち上る「天之御巣」ということだろうか。上代には、この煙の立ち上るところを重視したので、「然富足る（しかとみだる）」という祝言（ほぎこと）もあった。ここでも、そのことを主眼に置いて言ったのだろう。明の宮（應神天皇）の歌に「毛々知陀流、夜邇波母美由（ももちだる、やにわもみゆ：百千足る、家庭も見ゆ）」という句があるが、この「ちだる」は「とだる」と同じで、「とみ」を縮めて「ち」としたのではないだろうか。【「百千足る」という文字の意味ではない。】とすると、盛んに煙の立ち上る、百の家屋の庭が見えるという意味である。【煙が盛んに立つので、富が足りていると思った、という意味に解するのも同じである。】大殿祭の祝詞に「此乃敷坐大宮地、底津磐根乃極美、下津綱根、波府蟲能禍無久、高天原波、青雲乃靄久極美、天乃血垂、飛鳥乃禍無久（このしきますオオミヤドコロ、そこついわねのキワミ、したつつなね、はうむしのワザワイなく、たかまのはらは、あおくものたなびくキワミ、あまのチダリ、とぶとりのワザワイなく）」とある「血垂」も同じである。ただしこちらは、すなわち煙の立ち上るところの名として言うので、「ちだり」と読むべきである。【今の本でもそう読んでいる。「登陀流天之御巣」を縮めて、「天のちだり」と言っている。】「飛ぶ鳥の災い」というのは、この「血垂」の部分は屋根を葺き残して明けてあるので、空を飛ぶ鳥があるいは有毒なものなどを咥えて来て落とし込むとか、糞などを落としたりすることがあるかも知れないということだろう。【師の祝詞考では、この血垂の説明は、大きく間違っている。ここの文をよく見ると、御殿の上方と下方を対照して書かれているのである。底津磐根の極みというのと、高天の原云々の極みという語句を対置してあるのだから、その次の下津綱根に対する天之血垂も、御殿の上方、つまり屋根に関して言っていることは明らかだ。】書紀の�~武の巻に、「細戈千足國（くわしぼこチダルくに）」とある「千足」も同じことで、煙が盛んに立ち上って富が十分にある国である。【前記の「ももちだる云々」という歌と考え合わせよ。「細戈」は枕詞で、「玉鉾の御路（たまぼこのミチ）」と同じように、「ち」という言葉にのみかかっている。】これらを思い合わせて考えよ。ここで大国主神が自分の住むべき御殿の造りをこのように述べたのは、もっぱら御膳のことについて言ったので【続く部分に「櫛矢玉（くしやだま）神を膳夫（かしわで）として」とあるので分かる。】その御厨の造りを特に乞い願ったのである。とすると、上記の「天津日継所知（あまつひつぎしろしめさん）」とあるのも、日給（ひつぎ）の稲で調理する御膳を食べる、その御厨のように、という意味になることは明らかだ。【天慶六年の日本紀竟宴で、大鷦鷯（仁徳）天皇を題とした橘師輔の歌に「大鷦鷯、須女羅賀與々利、多津氣敷里、阿麻能比都幾仁、裳江萬散留賀奈（おおさざき、すめらがよより、たつけぶり、あまのひつぎに、もえまさるかな）」。この歌で煙にからめて「天の日嗣」のことを言っているのは、古意を知って詠んだのか、偶然に古意に合致したのかは知らないが、いずれにせよ上述したことに関係がある。】またその御厨でも特に煙の立ち上るところを重視したので、「天之御巣」に言及したのである。それを「天神の御子の御巣」と言ったのは、その構造が普通の人々の家の造りとは違ったところがあったのだろう。中巻の玉垣の宮（垂仁天皇）の段でも、出雲の大神の言葉に「私の宮を天皇の御殿のように造ってくれたら、（ホムツワケの皇子は）正常に話せるようになるだろう」とある。この段のことと合わせて考えると、深い理由があると思われる。○治賜者（あさめたまわば）。「治」の意味は、前に「治２我前１者（アがまえをおさめば）」とあったところで述べた通りである。○百不足（ももたらず）はこの次に「八十」と言うための枕詞で、そのわけは冠辞考に出ている。○八十クマ（土＋冂の中に口）手。「クマ」は「隅」の意味である。この記では、この字を書くことが多い。【「クマ（土＋冂の中に口）」の字に「隅」という意味はない。爾雅に*「林外、これをクマ（土＋冂の中に口）と言う」とあり、この意味から「くま」に用いたのだろうか。中巻では「クマ（石＋冂の中に口）」の字も書いている。この字にも「隅」の意味はない。あるいは「回」の字に、わが国で土へんや石へんを加えて作ったのかも知れない。そういう例もよくある。また「クマ」は土へんのない「ケイ（冂の中に口）」と同じ意味の字で、「回」と字形が似ているので、誤って「回」の意味に使ったのか。さらに調べる必要がある。】書紀では「百不足八十隈」と書き、「隈、これを『矩麿デ（泥の下に土）（くまで）』と読む」という註がある。【このデ（泥の下に土）の字を「ヂ」と読んではいけない。「デ」の仮字である。】「手」は「道（ち）」の意味である。【「て」と「ち」は通音である。】万葉に「道之永手（みちのながて）」という語がしばしば見えるのと、「道之長乳齒（みちのながちは）神」の名を考え合わせて「永手」は「永道」であると知り、ここに出た「手」も「道」であると理解すべきである。万葉巻一【二九丁】（７９）に「川隈之八十阿不落（かわくまのヤソクマおちず」」、巻二【十九丁】（１３１）に「此道乃八十隈毎（このみちのヤソクマごとに）」、巻十三【七丁】（３２４９）に「道前八十阿毎（みちのくまヤソクマごとに）」などもある。また巻三【四十七丁】（４２７）に「百不足八十隅坂爾手向爲者、過去人爾蓋相牟鴨（ももたらずヤソすみさかにタムケせば、すぎにしひとにケダシあわんかも）」とある「隈坂（すみさか）」も、「隈路（くまじ）」の誤りだと師は言った。その通りだと思う。【この歌は、特にこの段に関係が深いように思う。これは人が死んだときの歌であって。「八十隈路」と言えば黄泉路（よみじ）を言うからである。】ここの「八十クマ手」は、多くの隅々（くまぐま）を経て、非常に遠いところということで、行き着くところはつまり黄泉の国である。【「八十クマ手」と「堅洲国」、「底の国」と言うのとは、同じ意味だ。名の意味は前述した。】本来この神は須佐之男大神の子孫であり、一度はその大神の住んでいた黄泉の国に自分もいたことで大功を立てて、天下を経営したことは、これまでに述べられている通りであって、ここで御国を天神の御子に譲り引き下がって、再び元の国に隠れるのは、深い由縁のあることだ。事代主神が海底に隠れたのも、明確には言っていないが、同じく黄泉の国に隠れたのである。＜*「クマ（土＋冂の中に口）」は、諸橋漢和辞典によると「林外十里の地、国境に隣接した地」、「都から遠く離れたところ、遠野」、また「冂と同じ」とあり、「冂」は「国邑から遠く離れた土地」、「遠い」「空しい」とあるので、いずれにしても人外絶遠の地ということである。音はケイまたはキョウで、訓はない。「石＋冂の中に口」の字は「石の打ち合う音」とあり、「回」に土へんなどを付けた字はない。＞○隱而（かくりて）は、ついに顕国（うつしくに）を去って、黄泉の国に隠れるのである。【海島に隠居した、などというのは漢意であり、間違っている。】○侍は「さもらいなん」と読む。「さもらう」は「さ」は「真（まさ）」の意、「もらう」は「もる」を延ばして言った言葉で、「もる」は何事も注意して、状況をうかがい考えていることを言う。【普通に何かを「守る」と言うのも、また「人目をもる（人目をはばかる）」と言うのもこの意味だ。何かに目を付けてつくづくと見るのを「まもる（見守る）」と言うのも同じ。また「候風（かぜさもらう）」と言うのも船が風待ちして様子を伺うことで、同意である。】つまり仰せがあれば承ろうとして、伺い待機することで、一般に君主の御前にあることを「さもらう」と言う。玉垣の宮の段で、「ときじくのかぐの木の実を持って『参上侍（まいのぼりてさもらう）』」、若桜の宮（履中天皇）の段で「任務を果たして『参上侍』」、穴穂の宮（安康天皇）の段に「以前求婚された乙女、訶良比賣（からひめ）は『侍（さもらう：ここにおります、の意）』」、万葉巻二【三十五丁】（１９９）に「雖侍候佐母良比不得弖（正字は氏の下に一）（さもらえどさもらいかねて）」、巻廿【三十四丁】（４３９８）に「佐毛良布等和我乎流等伎爾（さもらうとわがおるときに）」などの例がある。【これから転じて、後には侍っている人を「侍（さむらい）」といい、侍っているところも侍と呼んだ。また君主の御前にいることを言うのから転化して、目の前にいる人を敬うときにも、自分の動作についてはこの語を添えて言うようになった。たとえば「見る」を「見侍う」、「聞く」を「聞き侍う」などと言う。これはもと「さもらう」だが、中昔の頃から「さむらう」と言い、また訛って「そうろう」と言うようになって、これを縮めて「そろ」などと言うのは、いよいよ汚い言葉遣いだ。この他にまた「はんべり」という言葉がある。「はべり」とも言う。これも「さもらう」と全く同様に用い、意味もほとんど同じである。そのため、同じく「侍」の字を書く。ただ昔から「さもらう」には「侍」とも「候」とも書くが、「はんべり」には「侍」の字しか使わない。これは、「はんべり」は単に貴人の側に仕えることだけを言って、伺う意味はないからではないだろうか。この元の意味は「匍匐在（ハヘリ：這っている）」ということである。俗言に「匐屈居（はいかがんでいる：はいつくばっている）」と言うのと同じだ。万葉巻二（１９９）に「埴安乃御門之原爾・・・鹿自物伊波比伏管・・・鶉成伊波比廻、雖侍（はにやすのみかどのはらに・・・ししじものいわいふしつつ・・・うずらなすいわいもとおり、さもらえど）」、巻三（２３９）に「四時自物伊波比拜、鶉成伊波比毛等保理、恐等仕奉而（ししじものいわいおろがみ、うずらなすいわいもとおり、かしこみとつかえまつりて）」、また（３７９）「十六自物膝折伏（ししじものひざおりふし）云々」などあるので理解すべきである。とするともともと「はべり」の「べ」は清音で、「へ」である。三代実録貞観十二年の宣命に、「大法師平勢、今身沈２重病１天、起居失レ便天波部利（だいほうしひらせ、いまミおもきやまいにしずみて、ききょタヨリをうしないてハベリ）云々」とある。のちに音便で「ん」を添えて言うようになり、そのために「へ」を濁って言うのだが、ついには「ん」を添えないときも濁って言うようになったのだ。一般に音便の「ん」の次は濁って言うものである。「ねもころ（懇）」を、後に音便で「ねんごろ」と「こ」を濁って言った。これも音便による濁りであって、もとの「ねもころ」も濁って言うのは間違いである。これになずらえて、「はんべる」も理解すべきである。続日本紀の宣命などでも、「侍」とあることは多い。これらは「さもらう」と読んでも「はへり」と読んでも良い。】ここでこの神がこう言ったのは、遠く離れた黄泉の国に隠れながらも、なお天神の御子の前にいるが如く、はるかにお守りしましょうという意味だ。【中昔のような言い方で、単に隠れていることを「隠れて侍らわん」と言ったのではない。】続日本紀十七の詔に、「御世御世爾當天、天下奏賜比、國家護仕奉流事乃、勝在臣多知乃侍所爾波、置表弖（正字は氏の下に一）、與天地共、人爾不令侮、不令穢、治賜部止宣（みよみよにあたりて、あまのしたもうしたまい、みかどまもりつかえまつることの、すぐれたるオミたちのサモラウところには、しるしをおきて、あめつちとともに、ひとにあなどらしめず、けがさしめず、おさめたまえとのりたまう）」とある「侍所」は、その墓を言っており、意味合いは同様である。書紀（一書第二）には「この時、高皇産霊尊は二柱の神を大己貴神のもとに遣わし、勅を与えて『あなたの言うことは、深い理由のあることと考える。そこで更に細かく言おう。今あなたが支配しているすべて顕露事（あらわにごと：現世のこと）は私の孫の御子が治める。あなたは神事（かみごと）を治めよ。』・・・そこで大己貴神は返答して『私が治めてきた顕露事は、皇孫が治めることとし、私は幽事（かみごと）を治めよう。』」とあるが、この「幽事を治める」という意味も、この「さもらう」という言葉にこめられている。【「幽事」というのはこの前の「神事」と同じであって、「神事」は言葉そのままに書いた字、「幽事」はその意味を表した字である。ともに「かみごと」と読む。書紀の舒明の巻に「幽顯（かみもひとも）」とある。この読みで「幽」は「かみ」と読むことを納得せよ。これ以降、皇孫がしろしめす「顕露事」というのは、朝廷の行うすべての政事で、現世の人々が現実に行うことである。それに対し「幽事」というのは、はっきりと目に見えるものでなく、誰が行うとも知れず、神が行うことである。この世のあらゆる事は神の心によっているけれども、その中でも一応は人が行うことに対し、事を分けて神事と言ったのである。こうしてこの大神が神事を掌り治めるのも、皇朝の大政を幽（ひそ）かに助けることだから、「さもらわん」という語に、その意味がこもっているのだ。そもそも初めに伊邪那岐の大神と伊邪那美の大神が死別して、それぞれ顯國（うつしくに）と黄泉の國に分かれ住むこととなり、その子天照大御神と須佐之男の大神も、顯國と黄泉の國に分かれ、ここでもまたその子孫が相別れて、ついにこのように顕（あらわにごと）と幽（かみごと）を治めるべき永い定めとなった。この間のさまざまな経緯は、すべて顕と幽とが相交わり、幽から顕を助けて成ったことなのだ。このことは、前の御禊ぎの段でも言ったように、善は悪から生まれるという摂理を、終始をよく考えて悟るべきである。】とするとこの世のあらゆる幽事は、この大神が治めているのだろう。このように隠れたというのは現身（うつしみ）のことで、この前に「僕住所者云々」とあるのは、この国にとどめる御霊が鎮座するところを言う。この違いをよく認識しないと混乱する。神代のことは、現身と御霊を同じことのように言い伝えている【これが上代の心というものだ】ので、紛らわしいことも多い。【伊邪那岐大神について、書紀に「天に登って報命し、日の少宮（わかみや）にとどまった」とあるのは現身のことであり、「幽宮を淡路洲に築いて、そこに永く隠れた」と言い、またこの記で「淡海の多賀にいる」と書いてあるのは、御霊が鎮まっているところを言う。須佐之男の大神の現身は根の国にいるが、御霊は出雲の熊野に鎮座するなど、他にも同様の例は多い。】○百八十神は、「ももやそがみ」と読む。【「ももまりやそ」と読むのはよくない。「千五百（ちいお）」なども「ちまりいお」などとは言わない。】この大神の御子たちは、百を越えて、さらに数十柱いたのだろう。【一般に物の数が多いことをおおよその数で言うのに、「八（や）」、「五十（いそ）」、「八十（やそ）」、「百（もも）」、「百八十（ももやそ）」、「五百（いお）」、「八百（やお）」、「千（ち）」、「千五百（ちいお）」、「八千（やち）」、「萬（よろず）」、「八十萬（やそよろず）」、「八百萬（やおよろず）」、「千萬（ちよろず）」などと言うが、ただ漫然と言っているのではない。およその数に従って言っている。】書紀には、「大国主神の子は全部で百八十一柱であった」と書いてある。出雲国風土記に「百八十（ももやそ）の神たちが集い云々」とあるのは、ただ多くの神たちが、ということである。書紀の雄略の巻に「百八十種勝部（ももやそくさのかちべ）」、欽明の巻に「天地社稷百八十神」、推古の巻に「百八十部（ももやそのとものお）」、皇極の巻に「百八十部曲」などがある。これらは「百八十（ももやそ）」と言った例である。○神之御尾前（かみのみおさき）。「神」は天神の御子に帰順する神々を広く指して言う。【上記の百八十神を指して言うように読めるだろうが、それなら「その神の」と書くべきところを、単に「神の」と言っているからには、そうではない。】「尾前」は前後【俗に「あとさき」と言うのも同じ。】というような意味である。後世の軍法などでも先鋒と殿軍を重視するように、この事代主神が指導者として諸神の先に立ち、後ろに立って、天神の御子を守護しようと言うのである。書紀の天武の巻に、高市の社の事代主神と牟狭の社の生靈（いくむすび）の神が高市の縣主、許梅（こめ）に取り憑いて、「吾者立２皇御孫命之前後１、以送＝奉２于不破１而還焉。今且立２官軍中１而守護之（アはスメミマのミコトのミさきしりにたちて、もちてフワにおくりまつりてかえれり。いままたミイクサのなかにたちてまもりまつれり）」と告げたことも思い合わせよ。【ここで「立２皇御孫命之前後１」とあるので、ここの「神之御尾前」も天神の御子の前後かと思う人もあろうが、そうではない。書紀にある「前後」では、事代主神と生霊（いくむすび）の神の二柱が前後に立っていたのである。】この神が後世まで、神祇官の八神にも入れられて祭られるのも、天皇の身辺を守護する神だからである。これらのことは、前【伝十一の六十六葉から六十八葉まで】にも述べた。この事代主神も現身は既に隠れ、これ以降の守護となって仕えるのは現身でなく、御霊であることは自明のことである。○違神者非也（たがうかみはあらじ）とは、「僕子等百八十神」の中に、一柱も背く者はいないということである。「百八十神」という語をここにかけて見る。「非」は「不レ有（あらざる）」である。ここまでが大国主神の言った言葉だ。書紀では、「この時、大国主神はかつて国を平らげたときに使っていた広矛を二神に授けて、『私はこの矛で事業を成し遂げることができた。天孫がこの矛を用いて天下を治めたなら、きっと成功するだろう』と言った」とあり、また一書第一に「岐（ふなど）の神を二神に推薦して、『この神を私に代わってお伴に従わせよう』と言った」などということがあった。【「岐の神」のことは、前に言った。】一書第二には「この時に帰順した首領となる神、大物主神と事代主神は、八十万（やそよろず）の神を天高市に集め、引き連れて天に登り、その忠誠心を述べた」ともある。【ここでは既に「永く隠れた」という次の文だから、隠れて後に天に登るのはどういうことかと不審に思う人もあるだろうが、これは御霊であって、現身のことではない、大物主というのは、現身の名ではなく、大三輪にいる御霊の名であるのに、ここではその名で呼んでいるのでも、現身でないことが分かる。】

乃隱也。故隨レ白而。

訓読：すなわちかくりましき。かれもうしたまいしまにまに、

口語訳：こうして世を去った。そこで（大国主神の）言った通りに、

この七字は、私が付け加えた。というのは、この前の「如此之白而」までは主語が大国主神であり、この後の「於出雲國云々」は、天神の御子がこの大神を祭らせたことを言っているので、主語が変わっている。このように文脈が変わる以上、その変わり際には話の境界があるはずであるが、元のままだと「如此之白而於出雲國云々」から「獻２天之眞魚咋１也」まで、みな一連になり、すべて大国主神の動作となって、筋が通らないから、「如此之白而」の次に必ず区切りになる言葉があるはずだ。そこにどんな言葉が当てはまるかを考えると、書紀には「言訖遂隱。於是（いいおわりてついにかくりましき。ここに）＜言い終えてついに隠れた。そこで＞云々」、また「吾將自レ此避去、即躬披２瑞之八坂瓊１、而長隱者矣。故（『アはこれよりさりなん』ともうして、すなわちミみにミズのヤサカニをおびて、ついにかくりましき。かれ＜『私はこれから去ろう』と言って、身に瑞の八坂瓊を着け、長く隠れた。そこで＞）云々」ともあるのによって、「乃隱也」の三字を加え、大国主神を主語とする文をここで閉じておいた。また、おそらく「如此之白而」と「隨白而」の下の二字が同じであるために紛れて、一文を落としたのだろうと考えついて、下の四字も加えた。この記では、「隨」という言葉を使ったときは、あとに「而」の字があることが多い。「故隨２詔命１而」などのような例である。

於２出雲國之多藝志之小濱１。造２天之御舍１＜多藝志三字以レ音＞而。水戸�~之孫櫛八玉�~爲２膳夫１。獻２天御饗１之時。祷白而。櫛八玉�~化レ鵜。入２海底１。咋＝出２底之波邇１。＜此二字以レ音＞作２天八十毘良迦１＜此三字以レ音＞而。鎌２海布之柄１作２燧臼１。以２海蓴之柄１作２燧杵１而。鑚＝出２火１云。是我所レ燧火者。於２高天原１者。�~産巣日御祖命之登陀流天之新巣之凝烟＜訓２凝因１云２州須１＞之八拳垂麻弖燒擧。＜麻弖二字以レ音＞地下者。於２底津石根１燒凝而。栲繩之千尋繩打延。爲２釣海人之。口大之尾翼鱸。＜訓レ鱸云２須受岐１＞佐和佐和邇＜此五字以レ音＞控依騰而。打竹之登遠遠登遠遠邇。＜此七字以レ音＞獻２天之眞魚咋１也｡故建御雷�~返參上。復＝奏Ｂ言＝向２和平葦原中國１之状Ａ。

訓読：いずものタギシのオバマにあめのミアラカをつくりて、ミナトのカミのひこクシヤタマのカミをかしわでとして、あめのミアエたてまつるときに、ネギもうして、クシヤタマのカミ・ウになりて、わたのそこにいりて、そこのハニをくいいでて、あめのヤソビラカをつくりて、メのカラをかりてヒキリウスにつくり、コモのカラをヒキリギネにつくりて、ひをキリいでてもうしけらく、「このアがきれるひは、タカマノハラには、カミムスビみおやのミコトのとだるアマのニイスのススのやつかたるまでたきあげ、つちのしたは、そこついわねにたきこらして、タクナワのちひろなわうちはえ、つらせるアマが、おおくちのオハタすずき、さわさわにひきよせあげて、サキタケのとおおとおおに、あめのマナグイたてまつらん」ともうしき。かれタケミカヅチのカミかえりまいのぼりて、アシハラのナカツクニことむけやわしぬるサマをもうしたまいき。

口語訳：出雲の国の多藝志の小濱に御殿を建てて、水戸神の孫、櫛八玉神を膳夫（料理長）として、料理を献げるとき、言壽ぎして、櫛八玉神は鵜に姿を変えて海に入り、海底の土をくわえてきて多くの平瓮（平たい土器）を造り、海藻の茎を刈って火燧の臼とし、海蓴（こも）の茎を火燧の杵として、火を起こして言うには、「この私が起こした火は、高天の原の神産巣日命の新しい宮殿の御厨に届いた煤が、どっさり溜まって長く垂れるまで炊きあげ、地の下では底の底まで焼き固める。白い長い延縄を引き回して漁をする海人が大きな鱸を非常にたくさん捕らえ、引き寄せあげると、竹の簀もたわわに、献げ物の魚の料理を奉る」と言った。建御雷神は天に返り、葦原の中つ国を平定した様子を報告した。